2012年5月 1日 (火)

H23新司国私第2問設問3

 ほとんど春休みもとれず、体調不良のまま新学期に突入しましたが、授業だけは何とか大過なく進めることができているようです。
 ちなみに、例えば、第2回で採り上げた「婚姻の実質的成立」における最大のポイントは、配分的適用における双方要件の処理と、累積的適用の処理とでは、図でも書いて丁寧に考えれば、その違いは歴然としているということです(2008年4月29日(火)「配分的適用と一方要件・双方要件」参照。但し、図はありません)。これについて適切な説明をしている文献は、横山潤『国際私法』(三省堂・2012年)236-239頁、『注釈国際私法第2巻』(有斐閣・2011年)12-14頁、特に14頁注56(横溝)であって、澤木=道垣内『国際私法入門〔第7版〕』(有斐閣双書・2012年)96-97頁や松岡編『国際関係私法入門〔第3版〕』(有斐閣・2012年)176-177頁ではありません。

 第3回の授業後には、受講者がやってきて、ルパンに常居所はあるかという質問(?)を受けました。瞬間的にアニメのルパン3世の方が念頭に浮かび、会話を楽しみましたが、ひょっとすると、アルセーヌ・ルパンの方でしたかね? 私は、小学生の頃、SFは好きでしたが、推理小説はほとんど読みませんでした。ルパン3世を初めて見たのも、大学1年の新聞奨学生のときに、同様の境遇だった隣室の専門学校1年の○○君にその2シーズン目の(?)再放送を見せてもらったときでした。
 まあ、そんなことはどうでもいいとして、さて、➀ルパンと峰不二子が万一(?)婚姻するとしたら、その準拠法は? ②ルパンと不二子の婚姻は、直ちに-当然のように(?)-破綻したが、離婚の準拠法は?…… 答えは自由にお考えいただくとして、ルパンの活躍の場は日本であることが多かったような気もして、そうすると、アジトは各国に分散していたとしても、また、日本国内にも多数あったとしても、日本に常居所ありと言えそうな気もしますが、どうなんでしょう?

----------------------------

 前置きが長くなりました。今回は、昨年の新司法試験の国際関係法(私法系)の第2問設問3についてです。

 まず、「出題の趣旨」(法務省ウェブサイトから入手可能)を引用します。

 設問3は,法定代位の準拠法についての理解を問うものである。原因行為(本問では保証契約)の準拠法によるという通説の考え方について,債権譲渡に関する通則法第23条の規律の適用事案との利益状況の相違(特に債務者保護の必要性)を踏まえての比較検討が求められる。

 次に、「採点実感」(同上)も引用しておきます。

 設問3は,法律上の債権移転は原因行為の帰結としての側面を持つことを踏まえ,移転すべき債権の準拠法の適用に対する債務者の利益を後退させるべきか否か,債務者の利益よりも本来副次的にのみ責任を負うはずであった新債権者の権利を抵触法上も優先すべきか否かを論じてほしかった。債権譲渡に関する通則法第23条が対象債権の準拠法を指定している趣旨の理解が評価の差となった。

 さて、もはや長々とは論じませんが、出題者は、実質法上の利益衡量と、それとは峻別されるべき牴触法上の利益衡量とを混同しています。また、「債務者保護」との対比しかされておらず、視野が狭いと思います。
 世界にどのような制度理解があっても、あり得る多様性に対応できる枠組みを作っておくのが、国際私法の仕事のはずです。その意味で、法定代位について、「原因行為(本問では保証契約)の準拠法による」というのみでは、(存在し得る)他の競合債権者や債務者の国際私法上の利益(自分にとって身近な法を適用してもらう利益)が全く反映されなくなってしまいます。それは、他の競合債権者や債務者にとって不公平です
 出題者が考えておられるような利益状況が仮に普遍的なものなのであれば、対第三者関係について(債権譲渡と同様に)23条を適用しても、結局は(実質法を適用した結果は)同じことになります。他方、仮に例外的に法定代位についても他の競合債権者や債務者の保護を図る実質法が存在していてそれが対象債権の準拠法になったとしたら、その場合には、彼らと保証人との公平のために23条によって導かれる対象債権の準拠実質法の規律に従うのが、国際私法としての筋だと考えます。その意味で、ここで評価できる文献は、神前ほか『国際私法(第3版)』(有斐閣アルマ・2012年)212-214頁、澤木=道垣内・前掲246-247頁の方であって、横山・前掲231-232頁ではありません。

 司法試験で学説の対立が激しい論点を出題することは、受験生が国際私法を深く理解できているかを問うことになり、それ自体は好ましいことです。しかし、学説の対立を正確に理解せずに出題されるのでは、評価が不公平になり、かえって弊害が大きくなります。
 考査委員の人選は、本当に的確に行っていただきたいと思います。もう何年も前から書いていますけどね・・・

----------------------------

 ついでですので、法例廃止の作業を行った法務省民事局の担当者たちが執筆された、小出邦夫編著『逐条解説・法の適用に関する通則法』(商事法務・2009年)の問題個所にも言及しておきます。
 同上302-303頁注11(大間知麗子)は、上記の論点につき以下のように論じています。

 通説の考え方は、法定代位は、弁済によって消滅すべきはずの権利が弁済者のために法律上当然に移転する制度であって、いわゆる譲渡ではなく、民法第467条の対抗要件を必要とするものではないとする日本の実質法の考え方と整合的であると考えられる(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店、1964年)254頁 [368] 参照、大審判昭和2年10月10日大審院民事判例集6巻455頁、仙台高判昭和37年1月22日判タ169号97頁)。法制審議会においても、同様の見解が示された。すなわち、通説の立場からは、①代位者が債権者に弁済した後に債権者が第三者に債権を譲渡した場合には、法定代位の準拠実質法上において別段の定めがない限り、弁済によって債権は消滅するので、原債権者から第三者への譲渡は目的たる債権が存在しない空振りの譲渡にすぎないと考えることになり、②債権者が第三者に債権を譲渡した後に代位者が債権の譲渡人に弁済した場合には、法定代位の準拠実質法上、当該状況における弁済であっても法定代位の成立要件たる弁済と評価できるか否かの問題となると考えることができるであろう。

 さて、国際私法をきちんと勉強している学生であれば瞬時に非常な違和「感」を覚える(「感」じる、ではない!)はずですが、上記の注は、「通説の考え方は、……日本の実質法の考え方と整合的である」という一文から始まっています。いかにも法務省的な書き振りですが、国際私法学の入り口である「性質決定」のあり方から修得されていないわけです(ちなみに、大判昭和2年10月10日の掲載誌は民集6巻「554」頁ですし、民集6巻455頁に掲載されている判決は大判昭和2年「7月7日」です。また、仙台高判昭和37年1月22日の掲載誌は「高民集15巻1号5頁」であり、判タ169号97頁に掲載されているのは同判決の判例研究です)。

 次に、我妻・前掲254頁〔368〕も引用しておきます。

代位の性質は、しばしば述べたように、弁済によって消滅すべきはずの権利が、法律上当然に、弁済者に移転するのであって、譲渡ではない。従って、対抗要件を必要としない。

 我妻先生は、「弁済によって消滅すべきはずの権利が、……弁済者に移転する」と仰っているのであって、「弁済によって債権は消滅する」とは仰っていません。つまり、「消滅すべきはずの権利が〔消滅せずに〕移転する」ということになります。したがって、法制審議会での見解として示されている上記の①は、議論の前提がおかしいことになります。
 また、同②も疑問であって、法定代位の準拠法には債務者その他の第三者の国際私法上の利益は全く反映していないのですから、それによって優劣の規律ができるはずがないのです。

 まあ、アホらしいので、このへんでやめておきます(債権譲渡との関係では、拙稿「債権譲渡の対第三者効力の準拠法をめぐる論証と学説理解の難しさ」千葉大学法学論集25巻3号(2010年)27頁、64-66頁注57もご参照ください)。

----------------------------

 法例廃止・通則法制定の問題性については、もううんざりするほど書いてきましたが、過日、橫山真規雄拓殖大学教授から、2008年4月25日(金)「通則法制定過程批判の新論文」でご紹介した御論文の完結編「新国際私法の規範構造と解釈論的位相(下)」拓殖大学論集(283)政治・経済・法律研究14巻1号(2011年)67頁をお送りいただきました。
 142頁にわたるたいへんな労作で、その検討は、不法行為の部分につき「法制審議会国際私法(現代化関係)部会」での議論にまで及んでいます。まとめの部分で、「『使い勝手の悪い法』に対する不安」と「民主主義的制定過程に見る不安」とを吐露しておられる点には、非常に共感できるところがあります。

 ここまでくると、次の文献にも触れておきたくなります。

・鈴木秀幸ほか『司法改革の失敗-弁護士過剰の弊害と法科大学院の破綻』(花伝社・2012年)
 法曹養成のための制度としては、当初の予想どおり、従来の司法試験・修習制度の方が現実問題として優れていたとするもので、現行制度に対して数多くの問題点を指摘されています。資料編を拝見して、司法改革に慎重な姿勢をとられていた千葉の弁護士の先生方の多くが、現行制度においても後進の指導に尽力されてきていることを知りました。後進の指導に熱心であられたが故に、真摯に考えられた結果そのような姿勢をとられたのでしょう。
 研究者養成は、おそらくほとんど壊滅的な状況で、学問としての法律学の継承は、非常に厳しいと思われます。研究者には研究者としてすべきことがあり、それは法曹のそれとは異なります。本来、修士論文を執筆する過程で悪戦苦闘しておくべきことを、博士(後期)課程でやっているのですから、何をか言わんや、研究者らしい研究者は、絶滅危惧種ですね。

----------------------------

 あまり体調がよくないので、このへんで終わります。

 以下の本も、お読みになられては如何かと思います。

・菅沼光弘『この国の不都合な真実-日本はなぜここまで劣化したのか?』(徳間書店・2012年)
・今西憲之+週刊朝日取材班『福島原発の真実-最高幹部の独白』(朝日新聞出版・2012年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月15日 (日)

H23新司国私第1問設問2

 たいへん遅くなってしまいましたが、昨年の新司法試験の問題の一部について、その「出題の趣旨」等に疑問がありますので、それらについて書くだけは書いておきます。
 今回は、第1問の設問2についてです。

 事案は、要約すると、観光で来日した翌日、日本人Y(日本に居住)が運転する自動車にはねられて死亡した甲国人A(出生以来甲国P地域に居住)の父X(事故当時甲国P地域に居住)が来日し、Yに対する損害賠償請求訴訟を日本の裁判所に提起した、というものです。
 これに対する設問2は、次のとおりです。「Xは、Aの死亡により自ら精神的苦痛を負ったことを理由に、Aの近親者としてYに対して慰謝料を請求することができるか。」

 この設問の「出題の趣旨」(法務省ウェブサイトから入手可能)を、まず引用します。

 設問2は,不法行為の被害者の近親者固有の慰謝料請求権を規律する準拠法についての理解を問うものである。本問における近親者(X)の精神的な苦痛という結果の発生地(通則法第17条本文)はP地域であることを前提として,通則法第17条ただし書の通常予見可能の意味内容を踏まえた準拠法の決定と適用が期待される。

 ついでなので、先に「採点実感」(同上)も引用しておきます。

 設問2においては,結果発生地(通則法第17条本文)及び予見可能性(同条ただし書)の意義を問い,これを設問の事例に正しく当てはめている答案が比較的多かった。他方で,一般人を基準とした予見可能性と個別的・具体的な事案における加害者の予見可能性を必ずしも明確に区別していないと見られる答案も相当数に上った。遺族固有の慰謝料請求権については,遺族の苦痛が発生した地ではなく,事故地を結果発生地と構成する答案もあったが,そのような構成を採る場合には,同法第17条ただし書の存在理由を説明してほしかった。

 さて、出題者は、本設問における「結果」(通則法17条本文)をXの精神的苦痛と解しています。そして、これは、法務省見解・多数説に符合してもいます。本問では、この立場でも問題は生じません。

 しかし、次のような事案では、法務省見解・多数説の孕んでいる問題が顕在化するはずです。すなわち、法例制定の際の法典調査会における穂積陳重起草委員の設例をもとにすると、・・・

 日本に居住するYが日本で荷造りをして危険物(瑕疵はない)を甲国に送ったところ、荷造りの仕方が悪かったために甲国で爆発し、甲国に居住するAが死亡した。Aには、甲国に居住する配偶者X、乙国に居住する母P子、丙国に居住する子のQちゃんがおり、これら遺族がYに対する損害賠償請求訴訟を日本の裁判所に提起し、その中で、自分たち固有の慰謝料請求も行った。この慰謝料請求に適用されるのは、いずれの国の法か。

 法務省見解・多数説によると、X・P・Qが事故当時どこにいたかという偶然に左右されることもさることながら、被害者Aの死亡により精神的苦痛を受けた人ごとにバラバラに考えていかなければならなくなります。すなわち、Xについては、「結果発生地」は甲国となり、甲国は仕向け地でもあるので通常予見可能性はあり、17条からは甲国法が導かれます。これに対して、P子については、「結果発生地」は乙国となりますが、通常予見可能性はないので、17条からは「加害行為地法」である日本法が導かれます。同様に、Qちゃんについては、「結果発生地」は丙国となりますが、通常予見可能性はないので、17条からは「加害行為地法」である日本法が導かれます。
 いかなる者が損害賠償請求権を有するかは不法行為の準拠法が決めるわけですから、実体的には、Aの周辺で請求権を取得し得る人については全て検討の対象になるわけですが、本設例ではその問題は顕在化していません。しかし、本設例程度でも、法務省見解・多数説に違和感を覚えないで済みますでしょうか? 例えば、甲国法では、近親者固有の慰謝料は認められていないかもしれません。

 この点、従来の裁判例に目を転じると、東京地判平成9年7月16日判時1619号17頁(大韓航空機撃墜事件)でも、自動車同乗事故のケースである岡山地判平成12年1月25日交民集33巻1号157頁や福岡高判平成21年2月10日判時2043号89頁でも、裁判所は、事故の直接の被害者を基準として準拠法を決めてきています(後二者が日本法を準拠法としなかったことまでは支持しませんが・・・)。
 この実務上の取扱いによれば、上記の設例では、被害者Aのみを基準として準拠法を決めていきますので、この事故の「結果発生地」は甲国のみとなり、通常予見可能性はあるので、17条からは甲国法のみが導かれます(X・P・Qのいずれについても、です)。
 なお、この立場からは、この点について通則法17条但書の存在理由など無関係ですので、それに触れるのでなく、上記の点を説明すべきことになります。

 法務省見解・多数説は、事故の直接の被害者は1人でも、人については派生的な人にも広げつつ、「結果」は各人の直接的なものに限定しています。しかし、人については直接の被害者のみを基準にしつつ、「結果」にはその1人について二次的・派生的なものまで含めた方が、理論的にスッキリするはずです(「結果」の範囲については、前回の記事「『結果発生地』の解釈-再論」もご参照ください)。

 立法を担当すれば、条文に書き込んでもいないのに、文言の解釈についてまで、従来の実務上の取扱いを無視して自由に行い、資格試験において受験生にその解釈を強要するというのは、いかがなものなんでしょうか??
 ちなみに、法務省見解・多数説の根拠については、通則法制定の際の法務省の担当参事官であった小出邦夫編著『逐条解説・法の適用に関する通則法』(商事法務・2009年)193-195頁においても、横山潤『国際私法』(三省堂・2012年)200-204頁においても、深い議論がなされているわけでもありません。深みのある体系書の登場が、切に望まれているというところでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月11日 (水)

「結果発生地」の解釈-再論

 消費税率の引き上げが、経済関係では大きな争点になっていますね。これが消費に悪影響を及ぼし、所得税や法人税を含めた税収全体で見ると減収になってしまったというのが、橋本政権下の97-98年に生じた経験的事実です(この点については、例えば、植草一秀『日本の再生-機能不全に陥った対米隷属経済からの脱却』(青志社・2011年)92-93頁、三橋貴明『日本人がだまされ続けている税金のカラクリ』(海竜社・2012年)123-124頁参照)。
 前回の衆議院議員選挙において有権者は(非?)民主党に白紙委任したのではないのですから、さっさと国民に信を問うていただきたいものです(平成20年の年末に国籍法改正に関する国会審議がなされていた頃の、2008年11月21日(金)「日本人間の同乗事故の事例」において、「このままでは,政権交代も危険すぎると思えてきました」と書きましたが、その危惧がうんざりするほど現実化してしまったわけです)。

 マニフェスト選挙が破綻したのは明らかですから、選挙では、やはり候補者の実績(それまで実際にしてきたこと)をよく考えて、それをもとに投票した方が、(後に簡単に反故にされるかもしれないマニフェストに翻弄されるよりも)まだマシなのではないですか?(このような物の見方が妥当するのは、別に選挙に限らないわけですが。。。)

----------------------------

 さて、今日は、久々に、国際私法の議論をこのブログに書き込みます。
 つい先日、何故かなかなか資料室に入らなかった私法判例リマークス44号(2012<上>)にようやく接することができましたところ、安定した実力者であられる佐野寛岡山大学教授が拙稿に言及してくださり、ご批判もいただいているのを拝読しました(まず、お礼申し上げます)。これについて少し書きたいと思いましたが、不法行為についてはさしあたり論文等を書く予定がないので、ちょっとここに書いておこうと考えた次第です。

 佐野寛〔判批〕リマークス44号(2012年)150頁が評釈の対象とする東京地判平成22年1月29日判タ1334号223頁は、共同不法行為のケースで、「結果発生地の意義については、通則法の下でも解釈が分かれている。本件では、……Yらの行為の結果も、それに伴う具体的な損害も、日本国内で発生していると考えられるから、いずれの説によっても、判決が述べるように日本が結果発生地となるものと思われる。」(同上152頁)ということで、「結果発生地の意義」について議論するのに相応しい事例でもないのですが、敢えて佐野先生はこの点を採り上げてくださっています。
 そして、「結果発生地」(通則法17条本文)に「逸失利益や治療費などの二次的・派生的な損害の発生地までも含めるとする見解」として、拙稿「法適用通則法17条(不法行為の一般則)における『結果』の解釈」千葉大学法学論集24巻3・4号(2010年)117頁、158頁と、「石黒一憲『国際私法〔第2版〕』(2007年)351頁」を挙げられたうえで、次の2点で批判されています。
 1点目は、「このような通則法17条の解釈は、少なくとも立法者の意図とは異なるものといえる。」(佐野・前掲153頁)というものです。しかし、この点は百も承知ですし、私は(石黒先生も)立法者意思説は採りませんので、この点については特にありません。また、佐野先生もそれを承知で書いておられるのでしょう。
 ということで、問題は、2点目です。

この見解のように、結果発生地法の中で最密接関係地法を探求するという方法をとった場合には、不法行為準拠法の柔軟化を企図して規定された通則法20条の例外条項が事実上空文化することになるであろう(森田教授は、通則法17条を柔軟に解釈しない場合には、例外条項に過度の負担がかかるとされる。森田・前掲「法適用通則法17条」134頁。しかし、後者の見解によれば、最密接関係地法を決定するために、20条で問題とされるべき事情も17条において考慮されるため、むしろ20条が適用される場合は実際上ほとんどないことにもなる)。

(以上、佐野・前掲153頁)

 これについては、引用していただいている拙稿において、十分とは言えなかったかもしれませんが、通則法制定前の関係する裁判例を20件程度採り上げてそれに通則法を当てはめて検討したところ、少なくとも、東京地判昭和40年8月28日下民集16巻8号1342頁と、神戸地判平成9年11月10日判タ984号191頁の事案については、(17条本文から導かれる「結果発生地法」ではなく)20条から契約準拠法の適用が導かれることを示してあります(拙稿・前掲157頁)。
 また、理論的に考えても、➀「結果発生地」における「結果の発生が通常予見することのできないものであったときは」、17条からは加害行為地法が導かれてしまって20条に頼るしかなくなりますし、②私見によれば複数の「結果発生地」のうちから最密接関係地を探求したところで、上記の2件のように、それよりも密接に関係する地が存在する事例も想定できます。
 したがって、「事実上空文化することになる」とは思えないところです。

 以上の点については、受験生には法務省見解・多数説を採ることをお薦めしますし、千葉の学生にもそのように言っています(言わなくても、そうするでしょうが・・・)。しかし、裁判所にはぜひとも、17条と20条の体系的関係や、例外条項と称されている20条について「例外」とはどういう意義を有するべきなのか、ご検討いただきたいと切に願っております。

 最近、不正競争の関係ですが、嶋拓哉北海道大学教授も、石黒先生と同様のご見解を採られたようですので、面白くなってきましたね。

 この関係で、昨年の新司法試験の問題についても一言すべきことがありますが、今回はこれで終わります。

----------------------------

 受験生には最後の追い込みをしていただくとして、受験後にお読みいただくことを期待しつつ、ノンフィクションの書籍を数点挙げておきます。

・ユーリ・I・バンダジェフスキー(久保田護訳)『放射性セシウムが人体に与える医学的生物学的影響-チェルノブイリ原発事故 被曝の病理データ』(合同出版・2011年)
・上杉隆『新聞・テレビはなぜ平気で「ウソ」をつくのか』(PHP新書・2012年)
・E・トッドほか(石崎晴己編)『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』(藤原書店・2010年)
・三橋貴明=中野剛志『売国奴に告ぐ!-いま日本に迫る危機の正体』(徳間書店・2012年)
・小林よしのり『反TPP論』(幻冬舎・2012年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月28日 (水)

修了祝賀会(2012.3)

 久々の更新ですね。。。

 4か月近く・・・・・・・・・・・・ピアノを聴き続けていたわけではもちろんなく、ローや学部や博士後期の授業関係のほかでは、ほとんど(業界用語で)いわゆる「雑用」に勤しんできました(例えば、来年度の授業時間割の編成、後期期末試験の実施と成績評価の取りまとめとか、学務関係の各種規定の改正や新設の提案、オリエンテーション日程の作成、履修案内の改訂、クラス編成と担任の割り振りとか・・・)。
 急な学内事情で依頼された学務の仕事で、過去にも既に2年間負担していましたので、1年限りということでお引き受けしまして、昨27日(火)午前中からの2時間弱かかりましたが、ようやく引継ぎを終えました。以前よりも助手室や事務方も効率よく作業できるようになり、院生会もよくやってくれましたので、その分はかなり負担が減ってもいます。感謝!(とは言え、もう3年負担しまして、最高記録のお2人に並びましたので、今後の依頼は固くお断り申し上げます)。

 引継ぎの直後には修了生の学位記伝達式があり、しばらくして祝賀会が催されました。40日ほど後に大事な試験を控えていますので、嬉しさも中くらい也、丈夫な人は最後の追い込みでガンガン、そうでない人もそれなりに、体調に留意して詰めを抜かりなきよう、ご健闘されることを祈ります。
 終了後に、国際私法組の10名に囲まれて、記念写真を撮っていただきました。ああいうのは、やはり(斜め正面上から日光に照らされていたためか?)面映く、また嬉しいものですね。ただ、「雑用」係をしているとどこか心を閉ざし加減で過ごしてきているのでしょうか、ちょっと鈍感になっている自分に気付きます。

 心を癒すのは(私の場合)やはりクラシックということで、若干前回の続きのような話に移行します。
 クラシックは、作品ももちろん重要ですが、さらに再生技術が発達した今日では、演奏にもそれ以上の関心が生じて早(遅?)20年。ただ、懐がそれほど温かくないので、特に気に入った曲について、CDを複数枚もっているという感じです。
 前回挙げた曲では、私が気に入っているものとしては、シューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」はアシュケナージ、「ピアノ協奏曲」はステレオ録音以後ではルプー(ピアノ)、プレヴィン指揮、ロンドン交響楽団のもの、シューベルトから1曲挙げるとすると(好きな曲が何曲もあって難しいのですが)、今日は、「ピアノ・ソナタ第18番<幻想>」ブレンデルが弾いたものを挙げておきます。
 シューマンについては、最近、ピアノ五重奏曲が好きなのでもう1枚、ということで、ジュリアード弦楽四重奏団、バーンスタイン(ピアノ)のCDを買ったところ、ピアノ四重奏曲がカップリングされていて、グールド(ピアノ)のせいなのかは分かりませんが、この曲の方が面白く感じます。
 オーケストラで軽めのものでしたら、カラヤンが指揮したドリーブ「バレエ組曲<コッペリア>」が、弦を始め、演奏が極めて美しく輝かしく幻想的で、超お薦めです(セールスマンのようになってきましたので、本題はこれまで)。

 しかめっつらしいことは今日のタイトルに相応しくありませんので、ここまでで目出たく終了とさせていただきます(○○さ~ん、また面白い話を-颯爽と-もってきてくださいな~~~)。ということで締めようと思いましたが、ちょっと体調不良で、オリエンテーションまで短い春休みを、と言いたいところ、5日(木)の初回の授業の準備をしないといけないので、そうとばかりも言っていられませんで、春休みが短すぎると(5年前と同様に)ぼやきつつ終わります。すみません、でございます、です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年12月 5日 (月)

萩原麻未さん-ピアノ・リサイタル

 今年は、春からストレス続きですが、お役目でもあり仕方ありません。そのような日常でも、定期的に高い精神(?)に触れたいと思っております。

 さて、昨年(2010年)11月に、「ジュネーブ国際音楽コンクール」ピアノ部門で日本人が優勝したというニュースを偶然見て、それから暫く後に、コンクールで演奏されたラヴェルのピアノ協奏曲の一部を観た(聴いた)ように記憶しているのですが、その演奏が非常に面白く、そのピアニストについて気になっていました。夏頃でしたか、その優勝者である萩原麻未さんのリサイタルがあるということに気が付いてチケットを買い、先日そのリサイタルに行ってきました。
 ちなみに、ラヴェルのピアノ協奏曲は結構好きな曲で、たまにですが、バーンスタインが弾き振りをしたライブ盤のCDが面白くて聴いたりします。この演奏では、ウィーン・フィルの特にトランペットがジャズ風の曲調に手こずっているのが、別の意味で面白かったりします(少々悪趣味?)。

 話を戻しますと、当日のプログラムは、前半はハイドンのピアノ・ソナタで始まり全3曲、後半はシューマンの「アラベスク」と「謝肉祭」、アンコールがショパンの2曲でした。繊細な弱音から畳みかけるような迫力ある強音まで、引き込まれる演奏でした。また聴いてみたいと思いました。
 書いても全く意味がないのですが、私の好きなシューマンですと、「ピアノ・ソナタ第1番」や「ウィーンの謝肉祭の道化」、あるいは「ピアノ協奏曲」を聴いてみたいですし、シューベルトも弾いていただけると、どういう心性の方かがハッキリするような気がします(独断と偏見です)。

 思い返すと、おそらく売れ始めた頃の中森明菜さんをテレビで偶然見たときや、ベルリン・フィルの音楽監督に選出される5年ほど前にサイモン・ラトルを市川市文化会館に(実はクレーメル目当てで)聴きに行ったときに感じた「大器の片鱗」のようなものを今回も感じますので、このまま順調に成長し大成していただきたいと願うものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月29日 (木)

合格者祝賀会(2011)

 今月2回目の3連休の中日である24日(土)に、今年の新司法試験に合格した修了生を祝う会がありました。毎年出席しているのですが、やはり、皆でまとまって成長してきたということが強く印象に残る、ほのぼのとした会でありました。今年もまた、人にドラマあり、ということを強く感じさせられるエピソードもありました。
 在校生も数名来ていましたが、それぞれ自分の来年、再来年の姿をイメージしながら、気持ちを新たにしていたようでした。

 サバティカル中に助けていただいた先生が来てくださったので、国際私法組で二次会をしてはどうかと考え、(大番頭(?)の小野さんは既にお帰りで残念でしたが、)合格者のお一人にその提案をしたところ、法曹会の会長さん・副会長さんを始めとする国際私法組の数名のほか、全部で20名ほどの教員・修了生などがぞろぞろと某居酒屋さんに移動することとなりました。

 国際私法を選択していない学生とはなかなか話す機会がなく、初めてお話しした修了生もいて、楽しく過ごすことができ、ありがたく思いました。その際、ブログの更新をせよ、とのありがたいご指示もありましたので、ちょっと更新しておこうかと思った次第です(ただ、今月の半ば頃に体調を崩してまだ完治していないということもあり、今日になってしまいました)。
 3期の修了生とは、在校生にお話しいただいて打ち上げをして以来ということで、あれから3年、早いものです。お年頃なので、話題がそのような内容にも及ぶところが、微笑ましいというか、我が身を振り返って気恥ずかしいところがあり、といったところでした。

 もう後期授業の開始が目の前で、気合いを入れ直して年末までもたせないといけないということで、簡単ながら、このへんで失礼します。

---------------------

 先日、出題趣旨が公表されましたが、「国際関係法(私法系)」については、従来の実務の取扱いをひっくり返してしまうようなことが書かれていました。試験の採点でそのような前提を置けるはずがなく、重大な問題だと思いますので、時間をつくって近いうちに書いておきたいと思っております。

---------------------

 福島第一原発の1~3号機の原子炉周辺の温度が 100度を切ったとかの、ほとんど無意味なニュースをNHKが流していると思っていたら、また福島で震度5強の地震が起こり、懲りない面々に、呆れを通り越すこと何十回という感じで、疲労が増すばかりです。

 小出裕章(聞き手 MBSラジオ「たね蒔きジャーナル」)『知りたくないけれど、知っておかねばならない原発の真実』(幻冬舎・2011年)181-200頁に、小出氏が同番組に初登場された3月14日(月)と、15日(火)の緊迫したやりとりが活字化されており、家族を守るためにどう行動すべきかと頭をフル回転させていた当時が、動悸とともに思い出されます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月10日 (土)

第6回新司法試験合格発表

 さる8日(木)、6回目の新司法試験の合格発表がありまして、残念ながら他の道に転進される方もいますが、何とか目標を達成された方もおり、いろいろあって今年もまた特別な年になります(来年は、また深みのない問題に戻ってしまうのですかね?)。
 国際私法組については、以下のとおりです。

 1期(7名) : 06年4名合格、07年3名合格
 2期(9名) : 07年6名合格
 3期(15名) : 08年7名合格、09年2名合格、10年1名合格、11年1名合格
 4期(13名) : 09年7名合格、10年2名合格、11年1名合格
 5期(7名) : 10年2名合格、11年1名合格
 (6期(9名) : 11年3名合格)

 合格者については24日(土)に祝賀会がありますし、そうでなくても修了生の皆さんとは機会を得ていろいろとお話しをしたいと思っています。(が、数も多くなってしまいましたので、どうしたらよいことやら。。。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 4日 (日)

授業評価(10後・11前)

 今年度は、周囲との日常を可能な限り平穏に過ごしていけるように自分なりに相当気を遣っており、(近未来の東電を被告とする渉外訴訟のことを考えなければ)国際私法の分野で特に採り上げるべき問題もなく、私的な事情ですがブログを更新する気も相当に薄れております。修了生たちは、元気にしていますかね? 夏休み中に、方向転換して(ご結婚され)中学校の英語の先生になられた修了生から綺麗な暑中見舞いをいただいて、ホッとしたりもしておりました。

 昨年度の後期から授業に復帰してほぼ1年経ち、今期もまた授業評価アンケートに対する自己点検のコメントを書く時期がやってきましたので、以前と同じように、前年度後期の分と合わせて記録に残しておきます。

 評価項目が24個あって細かいので、6つある大項目ごとにまとめて示します。なお,大項目の後の青字の数値は私の担当科目に対する評価の平均値,その後の( )内の数値は同じ期間に開講された全科目の平均値です(5段階評価)。

----------------------------
 「国際私法基礎」(2010年度後期)  アンケート回収数17

 ・授業の設計・実施(質問4~6:計画の事前説明・一致,休講等) 4.92 (4.60)
 ・教育内容(質問7~9:知的刺激,法適用能力,法曹教育) 4.71 (4.64)
 ・教材等(質問10~12:内容,分量,参考文献等) 4.78 (4.58)
 ・教員の教育技術等(質問13~19:話し方,説明,発問,予復習指導等) 4.77 (4.52)
 ・教員の教育態度(質問20~25:情熱,授業準備,対応,公平,親和的等) 4.88 (4.66)
 ・総合評価(質問26・27) 4.88 (4.69)

 1年ぶりの授業だったこともあり、受講者の反応もよかったので、快調に授業ができたように記憶しています(今年は、春からいろいろありましたので、もう何年も前のことのような気もします。単なる老化か?)。それでも、11月から年末にかけて断続的に入試業務等が入りますので、年明け頃には結構疲れてきていたようにも思います(記憶が定かではありません。これも、単なる老化?)。
 それにしても、全科目平均が高いのには、驚きました。
----------------------------
 「国際私法」(2011年度前期)  アンケート回収数9

 ・授業の設計・実施(質問4~6:計画の事前説明・一致,休講等) 5.00 (4.45)
 ・教育内容(質問7~9:知的刺激,法適用能力,法曹教育) 5.00 (4.47)
 ・教材等(質問10~12:内容,分量,参考文献等) 5.00 (4.46)
 ・教員の教育技術等(質問13~19:話し方,説明,発問,予復習指導等) 5.00 (4.37)
 ・教員の教育態度(質問20~25:情熱,授業準備,対応,公平,親和的等) 5.00 (4.50)
 ・総合評価(質問26・27) 5.00 (4.52)

 自分のことはさておき、近年は、学生たちの教員に対する信頼が厚くなっているように感じます。教員の方も、厳しいことを仰る方もいないわけではないですが、それでも基本的に学生を信頼し、強く期待しているように思います(今年の3年生は、能力だけでなく、人柄も非常によいという印象を、個人的にはもっています)。
 「国際私法」に戻ると、例年そうなのだと思いますが、受講者は、事前に2時間ほど(?)自主ゼミとでも言うのでしょうか、かなり準備をして授業に臨んでいましたので、得るものも多かったのであろうと推測しています。自主的に書記を担当した受講者は、特に、議論の流れを整理して理解する力がついたように思いました。私も、まだまだ穴が多いことを気付かせてもらって、ありがたく思っています。
 「授業自体に問題はなく、国際私法自体に問題がある。」という自由記載がありまして、これはまさに<我が意を得たり>です。ありがとう!
----------------------------

 国際私法ネタがないのは淋しいので、1点だけ。
 先日、黄軔霆帝塚山大学准教授から、「中国の新しい国際私法について」帝塚山法学22号(2011年)61頁というご論文の抜刷をお送りいただきました。実は、私は人づきあいが悪く、学会に行っても懇親会に出ることはあまりないので、おそらくお話ししたことはないと思います。それはともかく、自分からはなかなか手の出ないテーマですので、よい機会を頂戴しました。
 拝読して、中国の新法が当事者自治を広く採用した点などには疑問を感じますが、多数の在外中国人の存在や香港・マカオ・台湾との関係で、常居所地法の採用は確かに現実的な知恵のように思われますし、反致の否定(9条)や簡潔な規定振りには好感がもてます。また、消費者契約と労働契約についての42条・43条が、「たとえば通則法11条、12条と比較した場合に、極めて簡潔明瞭である点が特徴的であ」り(同論文77頁)、「各弱者保護の規定は簡潔で弱者にとっても理解しやすいように定められて」(同論文84頁)いる点については、(それらの規定内容に完全に賛成というわけではありませんが)率直に敬意を表します。

----------------------------

 最近読んだ本で勉強になったものを掲げて終わります。

・東谷暁『間違いだらけのTPP-日本は食い物にされる』(朝日新書,2011年)
・小出裕章『原発のウソ』(扶桑社新書,2011年)
・武田邦彦『エネルギーと原発のウソをすべて話そう』(産経新聞出版,2011年)
・上杉隆=烏賀陽弘道『報道災害【原発編】事実を伝えないメディアの大罪』(幻冬舎新書,2011年)
・中田安彦『日本再占領-「消えた統治能力」と「第三の敗戦」』(成甲書房,2011年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月18日 (水)

不可思議なことばかり

 新司法試験、問題が公表されていますね。「国際関係法(私法系)」は、パッと見ですが、今年はちょっとよさそうな問題のようで。。。
 それはともかく、受験生は、しばらくは世の中の動きを凝視されてはいかがでしょう。大事なことが、集中的に見えてくるはずです。
 ちなみに、私は、ほぼ平時の状態に戻ってきています。

 福島の小学校の校庭の表土除去をめぐる一件など見ても、現政権は、安心して安全に子育てできる環境を整えるために全力をあげるというのとは対極にあるようで、少子化「政策」「対策」ではなく)を着々と進めているのだと考えないと、理解不能ではないでしょうか?(正気の沙汰とは思えないのですが・・・) 全く、しみったれた話です。大量に保有している米国債という国家資産は、大震災や福島第一原発の被災者が悲惨な状況にあるというのに、いったいどうなっているのでしょう?(負債ばかり、話題にされますけれども。)
 地域「主権」とか、言葉をきちんと使わない「お題目」がこのような非常事態になっても唱えられ続けていますが、国家レベルの災害が起こっているのに、国の責任を放棄した責任逃れの言葉になってしまっているのではないですか??

-----------------------

 最近、以前から関心をもっている問題についての論考が公刊されているのに気づきましたので、ちょっと書き留めておきます。

 1.近藤博徳「最高裁2008年6月4日大法廷判決とその後の実務」自由と正義62巻4号(2011年)45頁。

 目を引く記述としては、「例えばフィリピンでは、正確な統計はもちろん存在しないが、数千から1万人以上のJFC (Japanese Filipino Children) が存在する、とも言われている。」(同上46頁)、判決の意義に関して「例えば民法900条4号但書に対する違憲判断は、この『立法事実変遷論』が一つの有効な手法となり得るのではないかと思われる。」(同上47頁)という部分があります。
 前者については、2008年11月26日(水)「『国籍法3条1項等改正法』衆院法務委質疑(その2)」もご参照いただければ、と思います。

 最後の項目である「改正法の運用」の部分(同上48頁以下)には、新たに重要な事実の紹介があります。
 「改正施行規則及び新通達によって、法務局の担当者は、『認知された子が真実その父の子か』という微妙かつ重大な事実認定の職責を負うことになり、現場は大変な混乱を来した。……このような現場の混乱の結果、国籍法3条1項による国籍取得事務は著しく遅滞している。……現在は、このような混乱状態で安定している、という皮肉な状況である。」(同上48-49頁)

 このような通達レベルによる処理で現場に負担がかかるに至ったそもそもの原因は、「立法手続が通常の場合に比して非民主的かつ急いだものであった」(国友明彦「国籍法の改正-国際私法的観点から」ジュリスト1374号(2009年)15頁、19頁)ことにあり、あのような拙速な手続きでなく、やはり法制審議会に部会を設けて国籍法全般にわたる慎重な議論を経るべきだったのではないでしょうか?

 国籍が重要であることは、放射能を浴びて、よく分かりました。多くの外国人は逸早く帰国してしまいましたが、私たちの多くは逃げるところはないのですから。

 この意味では、ハーグ条約への参加に向けて前のめりになっている現状は、確実に禍根を残すことになるでしょう。なぜ、そんなに急いでいるのでしょう?? 日本人を守るのは、日本国しかないのですが・・・ くれぐれも拙速を避けて慎重に、と書いたところで、何の力もありませんね。空しい限りです(若干、後述)。

 2.小田滋「光華寮訴訟(最高裁第3小法廷平成19年3月27日判決)再考」国際商事法務39巻4号(2011年)501頁。

 この論文は、2009年6月20日(土)「国籍法とか、郵政集中審議-6月9日参院総務委質疑とか」で題名のみ引用した、同「光華寮訴訟顛末記-平成19年3月27日の最高裁第3小法廷判決について-」国際法外交雑誌107巻3号(2008年)397頁の続編と言うべきものです。

 経緯や判決の内容等は、同論文やいくつかの評釈をご参照ください。昭和42年9月に訴えを提起した原告である「中華民国」について、最高裁は、それは「中国国家」のことであり、昭和47年の政府承認の切り替えによって、今や原告は「中華人民共和国」だと判断しています。これにより、「京都地裁に差し戻しから4年近くを経ようとしている。差し戻された京都地裁では表面に出ている限り今に至るまで全く審理の進展はない。……原告であるべき北京の政府も今日一片の関心も示していない。」(同上506頁)とのことです。

 最高裁の政治性もさることながら、この判決からは、裁判所は紛争解決機関では必ずしもなくて、紛争を裁判所の視界の外に追いやってしまうこともある(その場合、その視界内では紛争は事実上存在しなくなる)と理解するしかないのですかね??

 3.前回のブログ(4月12日(火)「外国人父からの人身保護請求ほか」)で引用した拙稿の1の対象である、大阪地決平成22年2月18日家月63巻1号99頁の評釈等として、早川眞一郎・平成22年度重要判例解説(2011年)364頁と、高杉直・戸籍時報667号(2011年)29頁が出ています。
 国際私法の人間としては、外国判決の承認(特に、承認管轄と公序)についてそれらが掘り下げて論じていないことは、不可思議というか、淋しい感じがします。ここをきちんと押さえておかないと、DV等からやっとの思いで逃げ帰った日本人について、不当に不利な前提を置かれることになりかねませんから。

 なお、後者は、人身保護法の解釈に対してハーグ子奪取条約から示唆を得ていますが、私はそれは疑問に思います。ハーグ条約は直ちに子を元の国に戻すという基本思想からなるのに対して、人身保護法は違法な拘束が後になって生じたとしてもそのような状況が生じれば被拘束者を釈放すべきことになるはずだからです(そもそも、法目的が異なる)。無理に示唆を受ける必要はないと考えます(なぜ、そんなに条約に弱いのでしょうか? 批准した後ならまだしも)。

-----------------------

 最近は、テレビで御用学者を見る機会が減りました。少しでも嫌な気分にならなくてすむことを、ありがたく思っております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月12日 (火)

外国人父からの人身保護請求ほか

 大震災による被害が甚大なうえに、まだまだ余震も収まりませんが、命を奪われなかった者は、それに相応しい生き方をせねばと、気持ちを新たにするばかりです(容易なことではありませんが)。

 今年度については大地震の前にまた雑用係を引き受けてしまっていましたので、昨年度末は、度重なる地震の度に中断しながら短いもの(下記の1.)を書いておりました。下記の1.は、ネットで読めるのではないかと思いますので、ご笑覧いただければ幸いです(後者は数か月後?)。

 1.「外国人父を子の単独監護権者とする米国判決の承認と人身保護請求」(大阪高決平成22年2月18日家月63巻1号99頁) TKC速報判例解説・文献番号z18817009-00-160030618(Web版2011年3月23日掲載)。
 これは、最近話題の「DV外国人父から子を連れて逃げ帰った日本人母に対する子の引渡し請求」に関するものです。

 2.「<資料>『国際裁判管轄法制に関する中間試案』に対する意見」千葉大学法学論集25巻4号(2011年)181頁。
 これは、国際裁判管轄立法案(呪われて(?)、店晒し)の立案過程において法務省民事局参事官室に送付した愚見に(法案がなかなか成立しないので)若干の注を付して活字化したものにすぎません。

-----------------------

 民法(債権法)改正については、加藤雅信教授の一連の論考に考えさせられるところが大きく、前々回の本ブログの記事に引用したものに続く文献のタイトルのみ掲げておきます。「改正」の方向の中身については専門外でも、手続きの部分は他の分野の研究者にも大きく関わる可能性のあるものですので、未読の方にはご一読されたく思います。
 加藤雅信「民法典はどこにいくのか-その3 法務省民事局の法制審・民法部会の立ち上げは、閣議決定違反か」法律時報82巻11号57頁、「同-その4 歴史は繰り返す-連続するデュー・プロセス違反」同82巻12号57頁(以上、2010年)、「同-その5・完-広く会議を興し、万機公論に決すべし」同83巻3号(2011年)60頁。
 ・江頭憲治郎ほか「座談会 債権法改正と日本民法の将来-4月のパブコメ実施を前にして」法律時報83巻4号(2011年)68頁。

-----------------------

 大地震の直前に、「三陸沖北部地震の30年以内の発生確率は90%、宮城県沖地震に至っては99%と予想されている」(藤井聡『公共事業が日本を救う』(文春新書・2010年)173頁)という記述を読んで驚いていたのですが、公共事業一般にレッテルを貼った人たちは、極悪人ですね。

 現在の最大の懸案は、福島第一原発から漏れ出す放射性物質の問題ですが、教えられるところが多いのは、以下のものです。

武田邦彦(中部大学)
http://takedanet.com/

小出裕章助教(京大原子炉研究所)
by iwakamiyasumi
http://vimeo.com/21967567

被ばく 放射能について 医学博士 崎山比早子さん
http://www.ustream.tv/recorded/13453891

 私はもともと西の人間で、小さい子は放射性ヨウ素が怖いので(大事をとって)関西方面に移しているのですが、この不自然な状況は長くは続けられないでしょう。貧乏学生だった昔を振り返ると今は本当に恵まれていると思いますが、さすがに困惑しています。

 広瀬隆『原子炉時限爆弾-大地震におびえる日本列島』(ダイヤモンド社・2010年)152-153頁図57を見ると、原発は日本各地にあり、他方、「日本を取り囲むプレートの配置」(同31頁図6)や「3つの巨大活断層と東海地震・南海地震の関係」(同42頁図14)、藤井・前掲171頁における30年以内の地震の発生確率(「『東海』地震87%、『東南海』地震60~70%、『南海』地震60%」)に照らすと、そうそう回避する場所を探すのも難しい気がしてきます。

 米国の支援はこの時期ありがたい反面、これと引き換えにTPPに参加するようなことになれば、戦後の繁栄は完全に終わるでしょう(中野剛志『TPP亡国論』(集英社新書・2011年)参照)。

 責任をとるべき人間が責任をとらない状況が半年以上も続いて、また余震が頻発し始めると、それらには関係があるのだろうと感じてしまう私は全く「まじない師」的なのかもしれませんが、このような状況はこの国にとって最大の不幸だと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«地域的不統一法国、債権譲渡の対第三者効力の準拠法