H23新司国私第2問設問3
ほとんど春休みもとれず、体調不良のまま新学期に突入しましたが、授業だけは何とか大過なく進めることができているようです。
ちなみに、例えば、第2回で採り上げた「婚姻の実質的成立」における最大のポイントは、配分的適用における双方要件の処理と、累積的適用の処理とでは、図でも書いて丁寧に考えれば、その違いは歴然としているということです(2008年4月29日(火)「配分的適用と一方要件・双方要件」参照。但し、図はありません)。これについて適切な説明をしている文献は、横山潤『国際私法』(三省堂・2012年)236-239頁、『注釈国際私法第2巻』(有斐閣・2011年)12-14頁、特に14頁注56(横溝)であって、澤木=道垣内『国際私法入門〔第7版〕』(有斐閣双書・2012年)96-97頁や松岡編『国際関係私法入門〔第3版〕』(有斐閣・2012年)176-177頁ではありません。
第3回の授業後には、受講者がやってきて、ルパンに常居所はあるかという質問(?)を受けました。瞬間的にアニメのルパン3世の方が念頭に浮かび、会話を楽しみましたが、ひょっとすると、アルセーヌ・ルパンの方でしたかね? 私は、小学生の頃、SFは好きでしたが、推理小説はほとんど読みませんでした。ルパン3世を初めて見たのも、大学1年の新聞奨学生のときに、同様の境遇だった隣室の専門学校1年の○○君にその2シーズン目の(?)再放送を見せてもらったときでした。
まあ、そんなことはどうでもいいとして、さて、➀ルパンと峰不二子が万一(?)婚姻するとしたら、その準拠法は? ②ルパンと不二子の婚姻は、直ちに-当然のように(?)-破綻したが、離婚の準拠法は?…… 答えは自由にお考えいただくとして、ルパンの活躍の場は日本であることが多かったような気もして、そうすると、アジトは各国に分散していたとしても、また、日本国内にも多数あったとしても、日本に常居所ありと言えそうな気もしますが、どうなんでしょう?
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前置きが長くなりました。今回は、昨年の新司法試験の国際関係法(私法系)の第2問設問3についてです。
まず、「出題の趣旨」(法務省ウェブサイトから入手可能)を引用します。
設問3は,法定代位の準拠法についての理解を問うものである。原因行為(本問では保証契約)の準拠法によるという通説の考え方について,債権譲渡に関する通則法第23条の規律の適用事案との利益状況の相違(特に債務者保護の必要性)を踏まえての比較検討が求められる。
次に、「採点実感」(同上)も引用しておきます。
設問3は,法律上の債権移転は原因行為の帰結としての側面を持つことを踏まえ,移転すべき債権の準拠法の適用に対する債務者の利益を後退させるべきか否か,債務者の利益よりも本来副次的にのみ責任を負うはずであった新債権者の権利を抵触法上も優先すべきか否かを論じてほしかった。債権譲渡に関する通則法第23条が対象債権の準拠法を指定している趣旨の理解が評価の差となった。
さて、もはや長々とは論じませんが、出題者は、実質法上の利益衡量と、それとは峻別されるべき牴触法上の利益衡量とを混同しています。また、「債務者保護」との対比しかされておらず、視野が狭いと思います。
世界にどのような制度理解があっても、あり得る多様性に対応できる枠組みを作っておくのが、国際私法の仕事のはずです。その意味で、法定代位について、「原因行為(本問では保証契約)の準拠法による」というのみでは、(存在し得る)他の競合債権者や債務者の国際私法上の利益(自分にとって身近な法を適用してもらう利益)が全く反映されなくなってしまいます。それは、他の競合債権者や債務者にとって不公平です。
出題者が考えておられるような利益状況が仮に普遍的なものなのであれば、対第三者関係について(債権譲渡と同様に)23条を適用しても、結局は(実質法を適用した結果は)同じことになります。他方、仮に例外的に法定代位についても他の競合債権者や債務者の保護を図る実質法が存在していてそれが対象債権の準拠法になったとしたら、その場合には、彼らと保証人との公平のために23条によって導かれる対象債権の準拠実質法の規律にも従うのが、国際私法としての筋だと考えます。その意味で、ここで評価できる文献は、神前ほか『国際私法(第3版)』(有斐閣アルマ・2012年)212-214頁、澤木=道垣内・前掲246-247頁の方であって、横山・前掲231-232頁ではありません。
司法試験で学説の対立が激しい論点を出題することは、受験生が国際私法を深く理解できているかを問うことになり、それ自体は好ましいことです。しかし、学説の対立を正確に理解せずに出題されるのでは、評価が不公平になり、かえって弊害が大きくなります。
考査委員の人選は、本当に的確に行っていただきたいと思います。もう何年も前から書いていますけどね・・・
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ついでですので、法例廃止の作業を行った法務省民事局の担当者たちが執筆された、小出邦夫編著『逐条解説・法の適用に関する通則法』(商事法務・2009年)の問題個所にも言及しておきます。
同上302-303頁注11(大間知麗子)は、上記の論点につき以下のように論じています。
通説の考え方は、法定代位は、弁済によって消滅すべきはずの権利が弁済者のために法律上当然に移転する制度であって、いわゆる譲渡ではなく、民法第467条の対抗要件を必要とするものではないとする日本の実質法の考え方と整合的であると考えられる(我妻榮『新訂債権総論(民法講義Ⅳ)』(岩波書店、1964年)254頁 [368] 参照、大審判昭和2年10月10日大審院民事判例集6巻455頁、仙台高判昭和37年1月22日判タ169号97頁)。法制審議会においても、同様の見解が示された。すなわち、通説の立場からは、①代位者が債権者に弁済した後に債権者が第三者に債権を譲渡した場合には、法定代位の準拠実質法上において別段の定めがない限り、弁済によって債権は消滅するので、原債権者から第三者への譲渡は目的たる債権が存在しない空振りの譲渡にすぎないと考えることになり、②債権者が第三者に債権を譲渡した後に代位者が債権の譲渡人に弁済した場合には、法定代位の準拠実質法上、当該状況における弁済であっても法定代位の成立要件たる弁済と評価できるか否かの問題となると考えることができるであろう。
さて、国際私法をきちんと勉強している学生であれば瞬時に非常な違和「感」を覚える(「感」じる、ではない!)はずですが、上記の注は、「通説の考え方は、……日本の実質法の考え方と整合的である」という一文から始まっています。いかにも法務省的な書き振りですが、国際私法学の入り口である「性質決定」のあり方から修得されていないわけです(ちなみに、大判昭和2年10月10日の掲載誌は民集6巻「554」頁ですし、民集6巻455頁に掲載されている判決は大判昭和2年「7月7日」です。また、仙台高判昭和37年1月22日の掲載誌は「高民集15巻1号5頁」であり、判タ169号97頁に掲載されているのは同判決の判例研究です)。
次に、我妻・前掲254頁〔368〕も引用しておきます。
代位の性質は、しばしば述べたように、弁済によって消滅すべきはずの権利が、法律上当然に、弁済者に移転するのであって、譲渡ではない。従って、対抗要件を必要としない。
我妻先生は、「弁済によって消滅すべきはずの権利が、……弁済者に移転する」と仰っているのであって、「弁済によって債権は消滅する」とは仰っていません。つまり、「消滅すべきはずの権利が〔消滅せずに〕移転する」ということになります。したがって、法制審議会での見解として示されている上記の①は、議論の前提がおかしいことになります。
また、同②も疑問であって、法定代位の準拠法には債務者その他の第三者の国際私法上の利益は全く反映していないのですから、それによって優劣の規律ができるはずがないのです。
まあ、アホらしいので、このへんでやめておきます(債権譲渡との関係では、拙稿「債権譲渡の対第三者効力の準拠法をめぐる論証と学説理解の難しさ」千葉大学法学論集25巻3号(2010年)27頁、64-66頁注57もご参照ください)。
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法例廃止・通則法制定の問題性については、もううんざりするほど書いてきましたが、過日、橫山真規雄拓殖大学教授から、2008年4月25日(金)「通則法制定過程批判の新論文」でご紹介した御論文の完結編「新国際私法の規範構造と解釈論的位相(下)」拓殖大学論集(283)政治・経済・法律研究14巻1号(2011年)67頁をお送りいただきました。
142頁にわたるたいへんな労作で、その検討は、不法行為の部分につき「法制審議会国際私法(現代化関係)部会」での議論にまで及んでいます。まとめの部分で、「『使い勝手の悪い法』に対する不安」と「民主主義的制定過程に見る不安」とを吐露しておられる点には、非常に共感できるところがあります。
ここまでくると、次の文献にも触れておきたくなります。
・鈴木秀幸ほか『司法改革の失敗-弁護士過剰の弊害と法科大学院の破綻』(花伝社・2012年)
法曹養成のための制度としては、当初の予想どおり、従来の司法試験・修習制度の方が現実問題として優れていたとするもので、現行制度に対して数多くの問題点を指摘されています。資料編を拝見して、司法改革に慎重な姿勢をとられていた千葉の弁護士の先生方の多くが、現行制度においても後進の指導に尽力されてきていることを知りました。後進の指導に熱心であられたが故に、真摯に考えられた結果そのような姿勢をとられたのでしょう。
研究者養成は、おそらくほとんど壊滅的な状況で、学問としての法律学の継承は、非常に厳しいと思われます。研究者には研究者としてすべきことがあり、それは法曹のそれとは異なります。本来、修士論文を執筆する過程で悪戦苦闘しておくべきことを、博士(後期)課程でやっているのですから、何をか言わんや、研究者らしい研究者は、絶滅危惧種ですね。
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あまり体調がよくないので、このへんで終わります。
以下の本も、お読みになられては如何かと思います。
・菅沼光弘『この国の不都合な真実-日本はなぜここまで劣化したのか?』(徳間書店・2012年)
・今西憲之+週刊朝日取材班『福島原発の真実-最高幹部の独白』(朝日新聞出版・2012年)
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