新司法試験、問題が公表されていますね。「国際関係法(私法系)」は、パッと見ですが、今年はちょっとよさそうな問題のようで。。。
それはともかく、受験生は、しばらくは世の中の動きを凝視されてはいかがでしょう。大事なことが、集中的に見えてくるはずです。
ちなみに、私は、ほぼ平時の状態に戻ってきています。
福島の小学校の校庭の表土除去をめぐる一件など見ても、現政権は、安心して安全に子育てできる環境を整えるために全力をあげるというのとは対極にあるようで、少子化「政策」(「対策」ではなく)を着々と進めているのだと考えないと、理解不能ではないでしょうか?(正気の沙汰とは思えないのですが・・・) 全く、しみったれた話です。大量に保有している米国債という国家資産は、大震災や福島第一原発の被災者が悲惨な状況にあるというのに、いったいどうなっているのでしょう?(負債ばかり、話題にされますけれども。)
地域「主権」とか、言葉をきちんと使わない「お題目」がこのような非常事態になっても唱えられ続けていますが、国家レベルの災害が起こっているのに、国の責任を放棄した責任逃れの言葉になってしまっているのではないですか??
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最近、以前から関心をもっている問題についての論考が公刊されているのに気づきましたので、ちょっと書き留めておきます。
1.近藤博徳「最高裁2008年6月4日大法廷判決とその後の実務」自由と正義62巻4号(2011年)45頁。
目を引く記述としては、「例えばフィリピンでは、正確な統計はもちろん存在しないが、数千から1万人以上のJFC (Japanese Filipino Children) が存在する、とも言われている。」(同上46頁)、判決の意義に関して「例えば民法900条4号但書に対する違憲判断は、この『立法事実変遷論』が一つの有効な手法となり得るのではないかと思われる。」(同上47頁)という部分があります。
前者については、2008年11月26日(水)「『国籍法3条1項等改正法』衆院法務委質疑(その2)」もご参照いただければ、と思います。
最後の項目である「改正法の運用」の部分(同上48頁以下)には、新たに重要な事実の紹介があります。
「改正施行規則及び新通達によって、法務局の担当者は、『認知された子が真実その父の子か』という微妙かつ重大な事実認定の職責を負うことになり、現場は大変な混乱を来した。……このような現場の混乱の結果、国籍法3条1項による国籍取得事務は著しく遅滞している。……現在は、このような混乱状態で安定している、という皮肉な状況である。」(同上48-49頁)
このような通達レベルによる処理で現場に負担がかかるに至ったそもそもの原因は、「立法手続が通常の場合に比して非民主的かつ急いだものであった」(国友明彦「国籍法の改正-国際私法的観点から」ジュリスト1374号(2009年)15頁、19頁)ことにあり、あのような拙速な手続きでなく、やはり法制審議会に部会を設けて国籍法全般にわたる慎重な議論を経るべきだったのではないでしょうか?
国籍が重要であることは、放射能を浴びて、よく分かりました。多くの外国人は逸早く帰国してしまいましたが、私たちの多くは逃げるところはないのですから。
この意味では、ハーグ条約への参加に向けて前のめりになっている現状は、確実に禍根を残すことになるでしょう。なぜ、そんなに急いでいるのでしょう?? 日本人を守るのは、日本国しかないのですが・・・ くれぐれも拙速を避けて慎重に、と書いたところで、何の力もありませんね。空しい限りです(若干、後述)。
2.小田滋「光華寮訴訟(最高裁第3小法廷平成19年3月27日判決)再考」国際商事法務39巻4号(2011年)501頁。
この論文は、2009年6月20日(土)「国籍法とか、郵政集中審議-6月9日参院総務委質疑とか」で題名のみ引用した、同「光華寮訴訟顛末記-平成19年3月27日の最高裁第3小法廷判決について-」国際法外交雑誌107巻3号(2008年)397頁の続編と言うべきものです。
経緯や判決の内容等は、同論文やいくつかの評釈をご参照ください。昭和42年9月に訴えを提起した原告である「中華民国」について、最高裁は、それは「中国国家」のことであり、昭和47年の政府承認の切り替えによって、今や原告は「中華人民共和国」だと判断しています。これにより、「京都地裁に差し戻しから4年近くを経ようとしている。差し戻された京都地裁では表面に出ている限り今に至るまで全く審理の進展はない。……原告であるべき北京の政府も今日一片の関心も示していない。」(同上506頁)とのことです。
最高裁の政治性もさることながら、この判決からは、裁判所は紛争解決機関では必ずしもなくて、紛争を裁判所の視界の外に追いやってしまうこともある(その場合、その視界内では紛争は事実上存在しなくなる)と理解するしかないのですかね??
3.前回のブログ(4月12日(火)「外国人父からの人身保護請求ほか」)で引用した拙稿の1の対象である、大阪地決平成22年2月18日家月63巻1号99頁の評釈等として、早川眞一郎・平成22年度重要判例解説(2011年)364頁と、高杉直・戸籍時報667号(2011年)29頁が出ています。
国際私法の人間としては、外国判決の承認(特に、承認管轄と公序)についてそれらが掘り下げて論じていないことは、不可思議というか、淋しい感じがします。ここをきちんと押さえておかないと、DV等からやっとの思いで逃げ帰った日本人について、不当に不利な前提を置かれることになりかねませんから。
なお、後者は、人身保護法の解釈に対してハーグ子奪取条約から示唆を得ていますが、私はそれは疑問に思います。ハーグ条約は直ちに子を元の国に戻すという基本思想からなるのに対して、人身保護法は違法な拘束が後になって生じたとしてもそのような状況が生じれば被拘束者を釈放すべきことになるはずだからです(そもそも、法目的が異なる)。無理に示唆を受ける必要はないと考えます(なぜ、そんなに条約に弱いのでしょうか? 批准した後ならまだしも)。
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最近は、テレビで御用学者を見る機会が減りました。少しでも嫌な気分にならなくてすむことを、ありがたく思っております。
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