日本人間の同乗事故の事例
国籍法改正案をめぐる一連の流れから再確認したことは,誰が国民のことを一番に考えて一心に行動しておられるかをよく見ておいて,選挙ではそのような方を選ぶ(そうでない方には退いていただく)という基本的なことが近年では特に重要だということです(このままでは,政権交代も危険すぎると思えてきました)。
さて,国籍法改正案については心ある方々が多くの問題を指摘されていますので,私の方は自分の仕事に戻ります(法務省の民事局長だけでなく,始関正光官房審議官も民法と国籍法とを同列に論じておられるようですが,法務省は民法と国際私法の違いさえ正確には認識していませんので,むべなるかな,です)。
今回は,アルゼンチンでの日本人間の自動車同乗事故の準拠法をアルゼンチン法としつつ,それは看板だけで実際には日本法で処理したと理解できる,福岡地飯塚支判平成20年3月14日判時2014号 120頁を採り上げます。
事案は,被告Yと訴外AがYの取材目的の旅行として,平成17年9月20日頃,日本を出発してアルゼンチンに赴き,同月29日朝(現地時間28日夕方)に発生したY運転の自動車の事故により同乗していたAが死亡し,Aの両親であるXらがYに対して損害賠償請求したというものです。
で,Xらの主張も,Yの主張も,判決も,いずれも筋が悪いのですが,それぞれ確認していきます。
まず,Xらの主張から。
ア 不法行為責任について
(ア) 法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)……を本件に即してみると,当事者(Y,A及びXら)の常居所地が日本であること等に照らして,アルゼンチンよりも明らかに密接な関係を有する他の地(日本)の法によるものとする同法20条に該当する。(中略)
従前の法例の上記関係条項(11条1項-引用者注)は,……国際社会の実情に合わず不合理性が顕著になっていたことにかんがみれば,不備を抱えた従前の法例をそのまま本件に適用することは,著しく不適切であり社会正義に反する。
よって,本件については,法例33条の公序による外国法適用の排除に規定及び法適用に関する条理により,アルゼンチン法でなく日本法を適用すべきである。
これは,どういうふうに理解すればよろしいのでしょうか??? 「不備を抱えた」法例11条1項「をそのまま本件に適用することは」できないとすると,いったいどの規定から何法が導かれるのでしょうか? という疑問を抱えつつ次の段落に移ると,「不備を抱えた従前の法例」の一部である「法例33条」が出てくるので,ますます訳が分からなくなります。
善解すると,おそらく,法例11条1項からアルゼンチン法が出てくるのだが,そういうことは「著しく不適切であり社会正義に反する」ので,法例33条によりその適用が排除されるという意味なのでしょう。
しかしながら,公序則の発動要件に即した主張でもなく,とても解釈論とは言えないと思います。判決に一蹴されているのは,無理もありません(但し,Xらの主張が正確に判決文で整理されているとは限りませんので,ご注意ください)。
次に,この点についてのYの主張。
ア 不法行為責任について
(ア) 本件事故は,アルゼンチンにおいて発生した事故であるから,準拠法は,不法行為地法であるアルゼンチン法である。(中略)
(ウ) 通則法施行以前に適用されていた法例においても,33条に,外国法の適用が公序良俗に反する場合には外国法を適用しないとの規定があったが,本件と同様の事例でそのような認定をされたものはない。
これまた,少し驚きました。(ウ)における「同様」というのがどの程度のことを指すのかにもよりますが,国外での日本人間の自動車同乗事故という程度であれば,岡山地判平成12年1月25日交通民集33巻1号 157頁があります。この事件では,準拠法は事故地であるサウスダコタ州法だとしつつ,被害者の両親固有の慰謝料・弁護士費用・遅延損害金についてはサウスダコタ州法の適用を公序違反としています(但し,このように公序則を乱発するのは準拠外国法の内容をできるだけ尊重する国際私法の基本に照らしておかしいのであって,最初から準拠法を日本法とすべきであったことは,拙稿〔判批〕ジュリスト1226号(2002年) 115頁で述べたとおりです)。
そもそも,(ア)が疑問です。本件は,たかだか1週間程度アルゼンチンに滞在していたところで発生した事故であって,当事者の事情を含めた事案全体を考えれば,最密接関係地は明らかに日本です。そうだとすると,カナダへの1週間程度のスキーツアーの3日目に発生した接触事故につき「原因事実発生地法」(法例11条1項)を日本法だとした千葉地判平成9年7月24日判時1639号86頁が想起されるべきです(日本法を導く理由づけの一部に妙な理屈が紛れていますが,重要部分には賛成できます。拙稿〔判批〕ジュリスト1155号(1999年) 281頁。さらに,石黒一憲『国際私法 第2版』(新世社・2007年)352頁参照)。
このYの主張を受けて,代理人と同期の裁判官は,まず次のように判示しています。
法例11条1項によれば,本件においては,不法行為地法であるアルゼンチン法が準拠法となる。
これが疑問であることは,直前に書いたのと同様です。しかしながら,判決にはさらに大きな問題があります。「三 争点(4)(損害)について」の次の部分です。
(3) そこで,以下,上記アルゼンチン民法の規定に基づいてXらの損害を算定することとなるところ,Yは,その算定に当たり,アルゼンチンにおける損害賠償に関する法令,考え方,裁判例等に基づいて行うことになる旨主張する。
しかしながら,損害賠償の算定が,上記アルゼンチン民法の規定に基づいて行われなければならないことは当然であるが,同法の規定を前提としつつ,具体的にどのように損害を算定するかは,法解釈の問題であって,準拠法の問題とは異なるものであるから,当裁判所の行う損害の算定が,アルゼンチンにおいて一般的とされる考え方や同国における裁判例等に拘束されるものではない。
(下線は,判例時報では縦書きのため傍線)
「具体的にどのように損害を算定するかは,法解釈の問題であって,準拠法の問題とは異なる」とされるのですが,意味不明です。「法解釈」というと,法例により導かれた「準拠法」の解釈も必要なのであって,Yの主張する立場が通説です。
善解すると,「具体的にどのように損害を算定するか」の問題を(実体問題ではなく)「手続問題」と性質決定して法廷地法による裁判官の裁量を根拠づける有力説(例えば,石黒一憲『国際私法〔新版〕』(有斐閣プリマ・1990年)96頁)に沿ったもののようでもあります。しかし,仮にそうであるなら,つまみ食いではなく,最密接関係原則という基本に忠実であるところまで見習って,始めから不法行為の準拠法を日本法とすべきだったのではないでしょうか!(アルゼンチン法を一旦は準拠法とすることが,いったい誰の利益になったのでしょう???)
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