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2009年3月17日 (火)

国際裁判管轄研究会報告書に対する批判論文

 国籍法(旧)3条1項を違憲とする大法廷判決と,それを受けて立案され本年1月1日に施行された国籍法一部改正法について,重要な文献がほぼ出揃った感がありますので,近々書きます。

 本日は,法制審議会で立法作業が進んでいる国際裁判管轄について,その作業のたたき台である「国際裁判管轄研究会報告書」の一部に対する(実質的には全体にも関わる)鋭い批判論文である,藤下健「国際裁判管轄研究会報告に関わる若干の問題点について」判例時報2028号(2009年)3頁を採り上げます。

 私自身,立法作業の前提についてそもそも疑問があり,昨08年8月に以下のように書いておりました。

(以下,08年8月1日(金)「パール判決書はいかが?」から転載)
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経営法友会の協力を得て,同会に所属の企業に国際裁判管轄に関するアンケートを実施した。
 そのアンケートの結果であるが,957社にアンケートを配布したところ,回答を寄せたのは,37社であった。まず,規定の要否については,規定を設けるべき,あるいは設ける方が望ましいとする意見が25社と多く,その理由として,予測可能性,法的安定性の確保を挙げるものが多数である。他方,規定は不要であるとする意見は,1社にとどまった。

(以上,前掲〔上記報告書(1)NBL883号(2008年)〕38頁)

 「回答を寄せた……37社」中「25社」と考えれば,67.6%で3分の2をかろうじて超えていると見えますが,(回答率は 3.9%にすぎず)配布数の「957」を母数とすれば 2.6%しかありません。これは,ほとんど無関心ということではないのでしょうか? これで,予算を使って立法するんでしょうか?(「無駄ゼロ」との関係は,どうなるのでしょう?)
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(以上,08年8月1日(金)「パール判決書はいかが?」から転載)

 ただ,それ以上は,報告書の中身に立ち入っていませんでした。その理由は,以下のとおりです。

 法例改正のたたき台であった,法例研究会『法例の見直しに関する諸問題』(別冊NBL)については,一部に,杜撰な資料が掲げられたり,先行業績に対する正確な理解を欠く恣意的な議論がなされたりしていましたが,それでもまだ(諸外国の立法例だけでなく)従来の裁判例も不十分ながら示されていました(そのようなそれなりに評価できる点があったからこそ,徹底した批判も可能なのでした)。これに対して,上記管轄研報告書は,従来の裁判例を提示して分析するという姿勢がほとんど全く見られず,他に追究すべきことがいろいろとある者にとっては,まともな批判的検討をする気持ちが生じないものであります。

 さて,藤下判事は,まず,国際的訴訟競合について,上記報告書(6・完)の第7の2(NBL888号(2008年)72頁,78頁)が,ヨーロッパ諸国で採用され我が国の通説でもある承認予測説に基づく立法を提案するものと読み込まれます(藤下・前掲3頁。確かに,その点に付されている注2(上記報告書・79頁)には,承認予測説を採用するものと読める「ヘーグ1999年草案」21条1項と,東京地判平成元年5月30日判時1348号91頁しか引用がありません)。
 この立法提案に対して,裁判官としては国際裁判管轄についての「特段の事情」論の枠組みでの処理が「平易かつ自然」であること,我が民訴法の母法であるドイツ法の移送等の規律と我が民訴法のそれとが前提を異にすること,我が国における国際的訴訟競合の解決が最も必要だと考えられる相手国は(承認予測説によるのでなく)柔軟な規律をしている米国であることを指摘されています(藤下・前掲3~4頁)。

 さらに,注12では,「報告書(6)がくだんの箇所で注(10)の⑪判決〔前掲東京地判平成元年5月30日-引用者注〕のみを引用しているのは,控えめに表現しても不正確の誹りを免れないのではなかろうか。」(藤下・前掲6頁)と指摘されています。
 これは全くそのとおりなのですが,もっとハッキリと書いておきます。

 国際的訴訟競合に関する事例は藤下・前掲5頁注9に引用されているように他にもあるところ,東京地判平成元年5月30日判時1348号91頁のみが引用されているのは,この判決について「(b-2)〔承認予測説-引用者注〕の立場をとったもの」(道垣内正人「国際訴訟競合」高桑昭=道垣内正人編『新・裁判実務大系第3巻国際民事訴訟法(財産法関係)』(青林書院・2002年)150頁)との評価があるからです。

 しかしながら,同判決は,「先行する外国訴訟について本案判決がされてそれが確定に至ることが相当の確実性をもって予測され,かつ,その判決が我が国において承認される可能性があるときは……後訴を規制することが相当とされることもあり得る」と判示しているのであって,承認が予測されれば必ず規制する,とは言っていないのです。
 しかも,この判決は,上の基準を当該事案について見ると,「しかしながら,……将来において米国訴訟についての本案判決が下され,それが確定するに至るかどうかについては,現段階で相当の確実性をもって予測することはできない。……現段階でいまだ本案審理も開始されていない米国訴訟の判決が同号〔民訴200条(現118条)3号-引用者注〕の要件を具備するものと断定することもまた困難である。」と続いているのです。

 そして,次の指摘によって承認予測説は既に止めを刺されている,と私は理解しています。

具体的な結論としては承認可能性の予測が困難であるとして規制を認めず,かえって同説〔承認予測説-引用者注〕の問題点を浮き彫りにした形になっている

(小林秀之〔判批〕渉外判例百選第3版(有斐閣・1995年)239頁)

 ちなみに,小林秀之教授は,前掲百選の後継である国際私法判例百選においては,執筆者から外れておられます。

 藤下論文に戻りますと,藤下判事は,主として米国との折り合いが付かずに採択されずに終わった「ヘーグ1999年草案」が上記管轄研報告書の各所で引用されていることを批判されています(藤下・前掲6~7頁)。これは,上記報告書が同草案に関わった研究者によって主に作成されたのではないかということを強く示唆するものでもあるでしょう(藤下・前掲7頁の注2から注4を参照)。

 以上,国際裁判管轄の立法作業においても,従来の裁判所の営為が尊重されているのか,疑問です。

 最後に,藤下判事は,以下のように述べておられます。「国際訴訟競合が生じた場合について報告書(6)が提案するような規定を置くことが,我が国裁判所に提起される渉外的要素を有する民事紛争を適切妥当に解決することに資するものではなく,また裁判実務に混乱を招きかねないものである」,「国際裁判管轄に関する規則は,渉外的法律関係に適用される法律に関する規則以上に,我が国に居住する人民及び我が国に本店を置く法人の具体的権利義務に大きな影響を及ぼすものである。現在検討されているといわれる法律案において,適切妥当な解決が図られることを願ってやまない。」(以上,藤下・前掲7頁)
 私たちは,法例廃止の轍を踏んでしまうのでしょうか。国際裁判管轄の規律については裁判官の声が極めて重要なのであって,多忙を極めておられるでしょうが,さらに裁判官のご意見が示されることを期待するものです。

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