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2010年4月

2010年4月26日 (月)

隠れた反致-「判例法としてすでに確立」は本当?

 地球温暖化どころか、近いうちに氷河期がやってくるのではないかと(冗談で)言っているほど、寒い日がこの冬から春にかけて続いていますが、皆さん元気にしているでしょうか? 雪国に行った修習生は、大丈夫だったでしょうか? 片や、新司受験生には、いよいよ本番、という感じなのでしょうね。

 今月は、私事で若干慌ただしくしているのですが、東洋経済新報社の風間直樹さんが書かれた、(『雇用融解-これが新しい「日本型雇用」なのか』(東洋経済新報社・2007年)に続く新刊である)『融解連鎖-日本の社会システムはどこまで崩れるのか』(東洋経済新報社・2010年)を拝読して、関心をもたれる方には(受験生は受験後に)ぜひお読みいただきたいと思いました。

 第Ⅰ部の「雇用融解第2幕」に書かれている、偽装請負の「告発者」が必ずしも報われておらず裁判所が異様に冷たいことにも憤然としますが、従業員たちが自分たちの利益に反するような労働組合へ解雇をちらつかされて事実上強制的に加入させられる実態など、卑劣な人間たちはこんなことまで平気でするのかと、読んで唖然とします。
 さらに、日本のシステムが壊れていっているのは雇用にとどまるものではもちろんなく、第Ⅱ部で視野を広げて以下の諸点があぶり出されています。
 「まえがき」から、引用します。

前著刊行から3年、そうした働く現場をさらに深堀りすることで見えてきたのが、「働いて生活すること」を支えてきた基盤である、この国の社会システム全体がすさまじい勢いでメルトダウン(融解)を起こしている姿である。
 「派遣切り」で図らずも明らかとなった、非正社員が安定した住まいを確保することが想像以上に難しい「ハウジングプア」問題(第5章)、かつては都市労働者のセーフティネットの役割を果たしていたはずの生まれ故郷の地域社会。その多くは、医師が去り救急の火が消え、第一次産業も自営業も厳しく、八方塞がりの状況にある(第6章、第7章)。さらには財源不足と構造改革のダブルパンチに公共現場からも悲鳴が上がる。その第一線を支えているのが「官製ワーキングプア」という現実(第8章)。果たしてこれが目指すべき日本型社会だったのだろうか-。

(風間・前掲ⅶ頁)

 机上の空論に取り憑かれた者たちによって多くの面で破壊され続ける我が国の姿に、重苦しい気分になります。このような状況に囲まれて、(私を含め)多くの人が鈍感になっていってしまうような気にもなり、麻痺しきらないうちに何とかしないと、と思いますが・・・(事業仕分けとか、外国人参政権とか、選択的夫婦別姓とか、そんなことに重心を置ける状況なんでしょうか??)

 「あとがき」にも極めて重要なことが書かれていますので、引用します。

 議論が持つ力への信頼、という点に関していえば、……公労使が正面から議論を戦わせるという労働政策審議会のあり方そのものについては、高く評価している。その対極に位置するのが、自公政権下で車の両輪となって労働者派遣の完全自由化など規制緩和を主張してきた、経済財政諮問会議と規制改革会議だ。その主張の内容以上に問題なのが、両者に一貫した「異論は排除」の方針だ。本文で触れたとおり、例えば内閣府の規制改革会議は、委員会から会議への格上げ時に労働側の代表を排除し、逆に人材サービス業界のトップを一度に2人加入させている。……

(風間・前掲 275-276頁)

 本当に議論は大事で、現在、法務省から国会に提出されている国際裁判管轄立法に関する民訴法の改正案(衆議院先議)では、法制審議会国際裁判管轄法制部会における議論によって、「国際的訴訟競合」について承認予測説をベースにした「たたき台」の提案が斥けられています。これだけは、本当によかったと思っています(部会の座長さんによると、私のように上記提案に反対するような者は「学者」ではないのだそうですが、私は肩書のみで生きているわけでもありませんので、それでもかまいません)。

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 さて、今月初旬に刊行された『平成21年度重要判例解説』(ジュリスト臨時増刊1398号)で、「米国人夫婦を養親とする養子縁組といわゆる隠れた反致」(青森家十和田支審平成20年3月28日の解説)という拙稿が活字になっています(同書 327頁)。判例解説として書くべきことは全てそこに書いてありますが、そこで書くほどではないがそこそこ重要だと思えることがありますので、ここに書いておきます(有斐閣はさすが老舗という感じの手堅い仕事ぶりで、スピード重視のTKCとは好対照ですね)。

 「隠れた反致」については、これを認めた公表事例が、米国人に関するもので20件近くあります。したがって、「これを認めた裁判例は『多い』」という程度の記述であれば、事実ですので、特に問題はありません。
 しかし、「判例法としてすでに確立しているといえなくもない」(山田鐐一『国際私法(第3版)』(有斐閣・2004年)73頁)とまで書かれると、さすがに筆が走りすぎだと思われます。

 実は、判例体系の冊子体のものにおける「隠れた反致」の項目に整理されているもの以外にも、理論的にはそれが問題になるはずなのにそれに触れずに端的に米国の州法を適用しているものも結構あります。そして、重要判例解説で引用した、司法研修所編『渉外養子縁組に関する研究』(法曹会・1999年) 135頁は、(平成3年から平成7年までの5年間に申し立てられ審判に至った-4月30日追記)未公表事例も含めた分析から、山田・前掲とは逆の意味の記述をしています。

 どうしてこのようなことが起こるかといいますと、(5年ほど前まで数年間『判例体系国際私法編』の財産法の方の要旨作成などをしていた経験からの単なる推測にとどまりますが、ご参考のために書きますと)「隠れた反致」という項目に整理される公表事例は、それを肯定したものは当然として、その他には、(基本的に)その問題があることを指摘しつつ反致を否定したものに限られていると思われるからです。逆に言うと、「隠れた反致」に触れずに端的に州法を適用している事例については、(理論的にはこれを否定していることになるのですが)審判文にはこの問題が明示されていないために、「隠れた反致」の項目に入れないということがあり得るためです。
 それぞれの裁判例の要旨を、多数ある項目のうちの(事例によっては複数の)どの項目を睨んで作成するかというのは、結構微妙な場合もあり、時間的に全体を通して見ると、なかなか悩ましいところがあります(一緒に作業していた方々には申し訳ないとも思いますが、早々にこの作業から解放されて、よかったとも思っています)。

 では、もう一踏ん張りですよ。体調を崩さないように。

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