研究

2009年3月29日 (日)

船舶先取特権の準拠法(追記)

 最近は,学事が一段落すると体調を崩すようになってしまい,年末年始に引き続いてダウンする羽目になり,25日(水)午後の修了祝賀会にも(この時期に風邪をうつしたりしてはいけないので)出席を見合わせるという淋しいことになってしまいました(打ち上げとか祝勝会とか,また呼んでください)。

 昨28日(土)午後には,3月7日(土)「船舶先取特権の準拠法に関する最近の裁判例」でご紹介した論文を書かれた,松井孝之弁護士と黒澤謙一郎弁護士が,わざわざ千葉大まで来てくださいました(活躍されている弁護士さんは,フットワークが軽いので,感心してしまいました)。貴重なお話を伺えて,たいへん勉強になりました。

 まず,船舶先取特権の準拠法につき成立・効力とも法廷地法によった東京地決平成4年12月15日判タ 811号 229頁は,(本来公表されない類の決定であったところ)公表されてそれなりによくできたものであったことから,裁判所には相当の説得力を有していたとのこと。
 ところが,(松井弁護士のご説明を素直に受け取ると)上記の決定に「疑問がある。また,その理由づけには事実に反する点がある。」とした拙稿〔判批〕ジュリスト1051号(1994年)126頁を発見して裁判所に証拠の1つとして提出されたところ,拙稿は,裁判所が上記の決定の事実上の拘束から逃れるのに影響力があったようです(ただ,上記決定の立場=法廷地法説を覆しただけであって森田説が採用されるところまではいっていませんので,そこまでの影響力しかなかった,という言い方もできると思います。この拙稿については,2008年10月24日(金)「判例評釈のツボ(我流です)」もご参照ください)。

 次に,海事の世界は狭いので,松井チームの片手に余る戦果を判例集に掲載して公表する,ということができないのだそうです(NBLのご論文のように抽象化した形で公表するのがギリギリとのことです)。
 ということは,私たちが判例として理解しているものが本当に裁判所において定着した取扱いであるのか,少なくとも船舶先取特権の準拠法については相当に疑問が残る,ということになりますね。
 この問題は他分野にも存在しているはずの大きな問題で,ここで簡単に論じられるようなものではありません。ただ,「判例」について論じる際には,常に頭の片隅に留めておくべきではありますね。

 勉強の種をたくさん頂戴しましたが,何かが生まれてくるでしょうか?

 では,ちょっと頭が痛いので,このへんで。

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2009年1月31日 (土)

E.トッド『世界の多様性』

 12月4日(木)の会議録,まだアップされていませんね。まさか,手続に瑕疵があったわけでもないのでしょうに。。。

 あっと言う間に1月も末日を迎えてしまいました。なぜか誕生日を迎えた人が縁のあるところに2人もいる,(人づきあいの悪い私には)珍しい一日です。

 ところで,私が家族法にもそれなりに関心をもてるようになったのは,2004年7月15日に刊行された『国際私法判例百選』において,(「保険代位」に加えて)なぜか「夫婦共同養子縁組」の執筆が割り当てられたのがきっかけです(その意味では,編者に感謝もしております)。

 家族法においては,諸国間で,一夫一婦制あり一夫多妻制あり,離婚が認められる多数の国あり認められない若干の国あり,といった多様な差異があり,準拠法を決める意味が比較的理解しやすいかと思われます。
 で,国際私法の基本は,当事者にとっての最密接関係地法を価値中立的に導き出すということにありますから,準拠法決定の段階では,特定の実質法を見ることなく「暗闇への跳躍」をする,ということになります(特定の実質法を見るのは,準拠法が決定された後の適用の段階の話です)。その意味で,適切に準拠法を決めるために各国実質法上の制度を詳しく知る必要は,基本的にありません。
 ただ,例えば,親子の結び付きの強さという点で,日本人と英国人には大きな差がある,といったことに接すると,その種の話に興味が湧くところがあります。

 それでも,関心の中心は今でも財産法にあるところ,昨年10月に国際養子縁組事件の判例評釈を書き,その後は国籍法一部改正に注意を引かれたりしながら過ごしてきた年明けに,タイトルに引かれて購入した書籍がありました。これがなかなか面白く,今頃この著者を知ったのが不覚ではありますが,備忘録として少し書いておきます。

 エマニュエル・トッド(荻野文隆訳)『世界の多様性-家族構造と近代性』(藤原書店・2008年)(原著は1999年刊で,それに収録されている2作品はそれぞれ83年と84年刊)

 家族構造の分析を専門とする人類学者・社会学者である著者は,配偶者の選択プロセスの自由さ(自由)と,家族関係と社会関係における対称性(平等)という2つの観点から,世界の家族構造を8つの家族類型に分類しています。
 1.外婚制共同体家族(例.ロシア,中国)(77頁以下)
 2.権威主義家族(例.ドイツ,日本,韓国・朝鮮,ユダヤ)(107頁以下)
 3.平等主義核家族(例.フランス北部,ラテン・アメリカ)(161頁以下)
 4.絶対核家族(例.アングロ・サクソン世界)(同上)
 5.内婚制共同体家族(例.アラブ世界)(205頁以下)
 6.非対称型共同体家族(例.インド南部)(233頁以下)
 7.アノミー家族(例.カンボジア,インドネシア,フィリピン)(255頁以下)
 8.アフリカ型諸家族システム(281頁以下)

 それぞれの家族類型の特性も興味深い(内容については,私には検証不能)ですが,最も興味深い点は,日本がドイツと同じ「権威主義家族」という類型に分類されていることで,明治維新からの両国の親近性は,家族という下部構造にこそあったのではないかという推測が可能です(この点は,少しずつ機会を得て勉強します)。
 「権威主義家族」を論じる『第三惑星-家族構造とイデオロギー・システム』の第3章には,「時間的な軸」と題する一節があり,その冒頭に次のような記述があります。

 権威主義家族を基礎とした社会システムの主要な安定軸は,時間的なものである。権威主義モデルを実践している民族は共通して強い歴史的な意識をもち,この人類学的な類型の特徴である血族的な理想の自然な反映として線的な時間の鋭い感覚をもっている。権威主義家族は,世代の途切れることのない継承,理論上限りなく続く家族集団の恒久性を組織するのである。それは権威主義家族の目的であり機能である。息子は父と代わり,孫は息子と代わるといった具合に続けられる。

(トッド・前掲 114頁)
 これは,(少なくとも私には)実感としてもよく分かる話であり,日本における企業のあるべき姿や雇用形態についても考えさせられるところがあります。短期的な視点からの仕組みは,そもそも日本には合わないはずなのです(時価会計など,入れるべきではなかったのです)。

 「権威主義家族」について,もう1点,特に私の注意を引いた箇所を引用します。2つの核家族について論じる第4章の「根無し草化」と題する一節の冒頭部分です。

 識字化,都市化,工業化の複合的なプロセスによるイングランドとフランス(北部)の伝統的社会の根無し草化は,両親と子供たちの補完性に固執する家族的理想によって統合された文化の根無し草化ほどには苦痛を伴うものではなかった。農村からの脱出が世代を分離し,複合家族の核を破壊するのは,外婚性共同体モデルと権威主義モデルの場合である。核家族を特権化する構造においては影響がない。なぜならそのような社会システムでは家族の統一性の早期の分裂は価値あるものとされており,個人的な自立が幼少期から始まる訓練によって準備されているからだ。

(トッド・前掲 166-167頁)
 ここに突然「家族の統一性」という概念が出てきて,ハッとしました。と言うのは,かつて「夫婦関係にある者による養子縁組の準拠法と夫婦の一体性の利益」(千葉大学法学論集19巻3号(2004年)49頁)という論文において,日本の国際私法に強い影響をもっているドイツ国際私法を調べたときに出てきたキーワードだったからです。
 養子縁組の準拠法について,1986年改正前のドイツは,現在の日本と同様の規定を置いていた(民法施行法22条)ところ,同年の改正により「夫婦の一方または双方による縁組は,14条1項により定められる婚姻の一般的効力の準拠法による。」という規定を追加しました。この立法提案や,改正前の同旨の有力な解釈論の根拠として,唐突に「家族の統一性の利益」というのが出てくるのですが,ドイツ国際私法においては自明のことのようで,この概念についての説明はなされていませんでした(拙稿・前掲66,69頁参照)。拙稿においてはそれ以上深める必要がなかったのでそのままになっていましたが,この概念は頭から離れていません。
 ちなみに,現在の自説は,86年改正前のドイツの解釈論と同じような位置づけになるのかと思います(この関連では,最近のものでは,中西康「国際親子法の展望」民商法雑誌135巻6号(2007年)954頁,979-981頁もご参照ください)。
 拙稿にこんなことを書いていたのかと,それも興味深く思いますので,引用しておきます。

 この「家族の統一性(一体性)の利益(原則)」が(西)ドイツにおいて当然視され共通了解であり続けた理由については,戦後一貫して家族の解体へと進んでいるかに見えるわが国の現況に照らすと,むしろ現在でこそ興味深いものがあるが,現時点ではそれを追究する用意がない。

(拙稿・前掲85頁注43)
 まだまだです。

 トッドに戻りますと,『第三惑星』の結論部分に以下のような記述があり,国籍の本質にも通ずる示唆的なものだと思われます。

生物学的,社会的な再生産の単位である家族は,その構造を存続させるために歴史や生命からの意味づけを必要とはしないのである。家族は世代を通して,同様な形態として再生産されるのである。子供たちが家族の面々を無意識のうちに模倣するだけで,人類学上のシステムが継続するには十分なのである。愛情と分裂の場である家族の繋がりを再生産することは,DNA-RNAの遺伝子サイクルのように,意識的な操作も必要としない作業なのである。それは盲目的で,非理性的なメカニズムであり,まさに無意識的で目に見えないものであるために強力であり,揺るぎないメカニズムなのである。

(トッド・前掲 290頁)
 今般の国籍法の議論において,ほとんど仮装(偽装)認知防止のためのDNA鑑定にのみ焦点が当たり,旧3条1項の「婚姻要件」が担っていたもう1つの意味=我が国との結び付きの観点がほとんど無視されてしまったことに,少し淋しさを覚えるものです。
 今月出た,原田央「最高裁平成20年6月4日大法廷判決をめぐって-国際私法の観点から」法学教室341号(2009年)6頁が,深い考察から多くの問題点を鋭く指摘していますので,ご参照ください。
 法務省にはやはり国際私法の観点が欠落しているようですので,改めて書くことになるでしょう。

 最後に,この大著の翻訳という大仕事に敬意を表する意味で,「訳者解説『多様性と歴史性』」からも引用させていただきます。

1949年から本格的に共産主義体制をとりいれることで1980年代初頭には男女の就労の平等やほぼ 100パーセントに近い育児制度の実現をみた平等主義社会としての中国社会は,アメリカをモデルとした猛烈な市場原理主義を追求することで,既に格差の規模においてアメリカ社会を追い抜いてしまったのである。(中略)『世界の多様性』の分析は,平等主義と権威主義を基底とする共同体家族(外婚性ではあるが交叉イトコ婚が頻繁に行われていた)の中国社会のなかで,この転換が一体どのような軋轢と対立のメカニズムを生み出すのかを理解する手立てともなるだろう。
 現在進行する日本社会の変貌も,まさにこの方向で押し進められているのである。その様相は,人類学的条件の異なる文化のモデルを短絡的に導入することの重大な危険性を深刻に物語っているように見える。『世界の多様性』の日本語版の刊行に最も期待されることのひとつは,隣人たちの選択への理解を深めるための認識を提供してくれるだけではなく,日本社会そのものの歩みをも,今一度振り返る機会をもたらしてくれることではないだろうか。

(トッド・前掲 555頁(荻野文隆))
 国際私法とは多様性を尊重する「棲み分け」の理論であるところ,「グローバリゼーション」というスローガンに流された同業者が多数に上ったことは,本当に嘆かわしいことでありました。今でもその状況に変わりはないとも思われますが,新進の方々の奮起にも期待しています。

 話を戻して・・・,前掲書は極めて刺激的な著作であり,また世界的にも大きな反響を呼んだとのことでもあり,一読をお薦めしますし,私自身,このあたりの文献にも少しずつ手を伸ばしていこうと考えているところです。では,このへんで。

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2008年10月24日 (金)

判例評釈のツボ(我流です)

 博打は昔のように賭場だけでしていただいて,これからは将来につながる(箱物造りではない)地道な「公共」事業(投資)をしていただけませんかね(国内にお金がないわけではないのですから)。そのような大転換のためには,遠回りのようでも,いったん(しかし緊急に!)仕切り直しが必要ではないでしょうか。

 今月は,上旬に久し振りに評釈を書きました。結構よいものが書けましたので,乞ご期待!

 ところで,評釈の書き方については,院生の頃,非常に苦労していました。そのおかげで,我流ではありますが何となく要領のようなものを会得しましたので,それを書いて後進の方々の参考に供します。役立つようなら,使ってみてください(論文のそれとは違いますし,試験答案なんかとは当然大きく違います)。

 まず,論点ごとに学説を整理してそれを事案に当てはめて判決を批評する,というようなのはダメです。そんなものは読んでも面白くないですし,第一,裁判所に何のインパクトもないと思われるからです。
 これに対して,評釈の対象とする判決を,従来の裁判例と事案を比較しながら流れの中に位置づける作業は,必須です。

 上記のことを踏まえたうえで,私が心がけている主要な点は,以下のようなことです(意図的に原則を外れるときが若干はありましたが)。

1.名宛人は,第一に判決を書いた裁判官,第二に上訴された先の担当裁判官

 今後の同種の事案の処理に何らかの働きかけを意図する以上は,この方々に響くところがなければおそらく意味をもたないであろうからです(仕事に打ち込んでいる真面目な裁判官が多いので,意外に,結構読まれているように感じます。国際私法が特殊なのでしょうか?)。

2.内在的な批判であること

 裁判所が採ったのと異なる立場からの(外在的な)批判であると,裁判官としては,そもそも立場が違いますからね,といって軽くあしらってしまわれるでしょう(偉い先生の評釈なら別でしょうが)。したがって,あくまで判決文に密着した検討であるべきです。そのうえで・・・

(1)事実誤認の指摘

 結論を導くために判決が採った理論的立場の理由付けのなかに事実に反する点がある場合には,それを指摘することは効果が大きいのではないかと思います(なかなかそんな場合に出くわさないかもしれませんが)。
 例えば,(以下,拙稿の例で恐縮ですが)船舶先取特権の準拠法につき成立・効力とも法廷地法とした東京地決平成4年12月15日判タ 811号 229頁というのがあります(これをお書きになった判事さんには何の恨みもありませんし,不法滞在外国人の慰謝料の算定基準の判示など,支持できる判示が別件でいくつかあります,念のため)。
 この決定の中から1例をあげますと,「船舶先取特権の成立の準拠法については,……世界の海運をリードする英米両国では,法廷地法によるものとされている。」と判示されています。これが事実なら私は降参だった(?)のですが,調べてみると,米国についてはそうではありませんでしたので,拙稿・ジュリ1051号(1994年)126頁,127頁(および海事法研究会誌の論文)でそれを指摘しました(当時は,かなり勇気が要りましたが)。
 以来,船舶担保の準拠法に関する事例は,公表されていません。しかし,少なくとも東京地裁は依然として法廷地法によっているらしいですので,現場の必要性からでもよいので理由を付したものを公表していただくことを願っております(拙稿「国際私法の現代化における法例10条・12条関連の改正作業の問題点」千葉20巻2号(2005年)93頁,136-137頁注46)。それがあれば,実務を踏まえての学問的発展が期待できますので。

(2)論理的に一貫していないことの指摘

 判決が一定の理論的立場を採る際に,その前提を述べていて,それとの間で一貫性を欠いている場合には,きちんとそれを指摘しましょう。
 例えば,国私百選1事件の原判決である東京高判平成2年6月28日金法1274号32頁は,「相続関係者の立場にとどまらず,取引の安全すなわち第三者の利益の保護が考慮されなければならない」という基本前提を示しながら,「相続関係者の内部的法律関係を規律することを主眼とした法例25条(平成元年改正前-引用者注)を適用することは,右の要請に適切に応えうるものではない」としたうえ,法例10条が第三者の利益保護に資することを確認し後者のみで処理しました。
 しかしながら,これでは「相続関係者の立場」が無視されてしまっているわけで,論理的に一貫していません。それを指摘したのが,拙稿・ジュリ985号(1991年)136頁,137-138頁です。ほかにも,三井評釈や早川(眞)論文も同様の認識でしたので,上記の基本前提を貫いた場合の結論と一致する,後の最高裁判決につながったのであろうと思われます。

 先日書いたものは,これとは逆で,基本前提が貫けないのは基本前提がおかしいからである,という方向での評釈です(活字になるのは,来年になってからですかねえ?)。

(3)判決が採った理屈を同種の別の事案に当てはめた場合に生じる不合理の指摘

 おそらく当該事案の妥当な解決のみを念頭に置いて理屈を立てたのでしょうが,その理屈をその射程に入るはずの別の事案に当てはめてみると上手くいかないことがあります。そのような場合には,それを指摘してあげるとよいです。
 例えば,国私百選24事件の原判決である東京高判平成12年2月3日判時1709号43頁は,ドイツで登録されてイタリアで盗難に遭って日本に輸入され購入された中古自動車の即時取得の準拠法につき,その復帰地(登録地)法であるドイツ法としました。その実質的な理由として,判決は,「即時取得や外国における自動車の二重登録等の法制度の悪用による盗難車のローンダリング(洗浄)を防止する必要」という-実質法的な-価値判断を挙げています。
 確かに,この事案では,復帰地が盗品につき即時取得を認めないドイツだったので,判決の立場によればドイツ法によって-実質法上の-静的安全が図れます。ところが,この理屈を,裏返しの事案(日本で登録されドイツに輸入されたとする)に当てはめると,盗品についても一定の場合には即時取得が認められる日本法によることになり,かえって(この判決が重視する)-実質法上の-静的安全を図りにくくなります。拙稿・ジュリ1193号(2001年)125頁,126-127頁では,この点を指摘したうえで,むしろ-牴触法上の-動的安全を無視できないので他の理由と合わせて日本法の適用を主張しています。他の評釈についても,この判決がドイツ法によったことを批判するものばかりでしたので,最高裁も日本法を適用するに至ったのであろうと思われます。

 以上です。
 もっといいのがあるという方は,ぜひご教示ください。もっとも,企業秘密に属するのかもしれませんが。。。

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2007年11月14日 (水)

渉外判例研究を受けない理由

 近年、ジュリスト毎月1日号に掲載が予定されている「渉外判例研究」が落ちてしまうことが目立っています。また、その原稿の元になる判例研究を行っている「渉外判例研究会」(各回3件の判例研究を行い、年5回開催)が、9月に続き、今月も休会になるとの連絡が来ました。同研究会のHPの更新も、ずいぶん滞っています。
 「渉外判例研究」の意義がなくなったわけではないと思われますので、残念なことではあります。また、首都圏の国際私法研究者の端くれとして、このような状況には若干の責任もあると思われます。
 そこで、私がなぜ「渉外判例研究会」の報告依頼を断り続けているか、書くだけは書いておきます。

 私が「渉外判例研究会」で報告したのは、院生のとき(台湾人の相続財産の処分の効果に関する百選1事件の控訴審判決)から、助教授のときの2003年3月15日(土)(キューピー著作権事件)までの9回で、いずれの報告もジュリストに掲載してもらっています。
 その後2・3回、報告の依頼を受けたと記憶していますが、いずれもお断りしています。その最大の理由としては、お察しのとおり、法科大学院の専任になったことも手伝って、学内の負担が一気に重たくなってしまったことがあります。もう物理的に厳しいということです。ただ、それだけが理由というわけでもありません(百選やリマークスには書いていますから)。

 副次的な別の理由は、次のとおりです。

 第一に、レフリー制の採用があります。9回目のジュリスト掲載原稿はその採用後のものでしたが修正意見等は全くつきませんでしたし、妙な意見がつくようなら私はそれを公にしてしまうつもりですから、それほど強い理由というわけではありません。
 ただ、私の尊敬できるレベルの研究者の査読を受けるというのであれば別ですが、実際は原則として幹事が査読するということですから、勘弁してくださいよ、という感じです。これは、中堅以上の研究者なら、誰もが感じることでしょう。また、通則法制定(法例廃止)のたたき台となった「法例研究会」の『法例の見直しに関する諸問題』(別冊NBL)を見てしまった後では、いやはや何と申しましょうか、でしょ?(評価制度については、「成果主義」でもそうですが、評価のあり方や評価主体の問題を抜きには語れないでしょう!? 「成果主義」については、何と言っても、高橋伸夫『虚妄の成果主義-日本型年功制復活のススメ』(日経BP社・2004年)がお薦めです。)
 さらに、報告の手間がかかるうえに(この点、後述)、ついでに下賤なことも申しますと、原稿料も『重要判例解説』や『国際私法判例百選』、『私法判例リマークス』よりも安いのです。

 このレフリー制の運用は、幹事の交代があった2003年の最初からのことだったと思います。その導入前の草案を事前に見せていただいたときに、私は当時の幹事および次期幹事予定者(現幹事のおひとり)に対して、内々に慎重意見をお送りしていました。要するに、(従来査読によりチェックされて然るべきであったと考えられるものは、評釈の体裁を明らかに逸脱している国際法の1本しか思い当たらなかったために)仮にレフリー制採用の提案者が前提とするような酷い評釈が従来あったとして、そのような評価が常時出席者の間で確認されるような場合に限って次の報告依頼はしないか、条件付きの依頼をするという事後規制で足りるのではないか、ということです。
 その後の運用実態は幹事と修正意見を付けられた報告者たちにしか分からないことですので私には何とも言えませんが、いずれにしても、私はそのような面倒な手続きを経ないといけなくなった(さらに場合によっては一悶着あり得、余計な神経を遣わざるを得ない)上記研究会での報告を、慌ただしく忙しく神経を擦り減らさざるを得なくなった昨今、どうして好き好んでお引き受けできるでしょうか?

 「渉外判例研究会」名が付されるといっても、著者の名前が記され、ほとんど全責任が著者にあることは明らかですから、書いたものの責任は、著者が負えばよいのです(その意味で、研究会の名が付される以上、研究会が責任をもって管理するというのは、私には「為にする議論」だと思えましたし、今でもその考えは変わりません)。
 2年くらい前だったか(?)の報告依頼でも、レフリー制に対する疑念を伝えたところ、「納得いただけたと思っていました」とのことでした。しかし、当時、議論を続けて結論が変わるとは思えませんでしたから、矛を収めただけのことです。こちらの対応としては、少なくとも2つは考えられるわけで、1つはおとなしく報告依頼があれば受けるという対応、もう1つは研究会の姿勢はそれとして自分はそれとは距離を置くという対応、そして私は後者をとっているということです。この後者の可能性が思い浮かばないというのは、管理者になるとそのような発想しかできなくなるのかと、やや悲しいものがあります。

 第二に、研究会における議論のレベルの問題があります。過去の報告に際しての議論から何らかの影響を受けたという記憶があるのは、私の尊敬する早田芳郎東洋大学名誉教授からの「原因事実発生地」(法例11条1項)に関するものほか鋭いいくつかのご質問、くらいでしょうか。後は、カナダ・スキー事件(百選37事件)の報告の際に、いろいろなところで議論がぶつかりつつ問題意識において近いところもある横山潤一橋大学教授との間で、日本法を適用した千葉地裁の結論を支持する理屈を考えましょうという点で共通し、それなりの自信を得ることができた若干の議論といったところです。
 ただ、それ以外にこれといったものはなく、一昨年3月に久し振りに顔を出すと、優秀な若手の報告に対して押しの強い2人のうちの1人が出所不明の自論を吹っかけたりしていて、若手は大変だし、今の私ならあしらえるとしても、そんな面倒なことをして原稿を掲載してもらわなくても結構、という感じを強くもちました。

 以上、(若い人は業績の数を増やすために積極的に参加した方がいいとは思いますし、主流派と仲良くしないといい仕事は回ってきませんからそのようにしたい人もどうぞ、とは思いますが)私は、現状が続く限り、報告どころか出席もしません。

 それより、(深く掘り下げた)論文を書かないとね。(嗚呼!)

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2007年7月21日 (土)

「風林火山」と引き際

 ちょうど半年前に、大河ドラマ”復活”の予感を書き留めておきましたが、その後、武田晴信役の市川亀治郎さんを始め出演者の好演が続き、ずっと引き込まれて観ていました。そして、亀治郎さんの存在感が(話の筋から)やや奇矯さに転じてきたのと対照的に、板垣信方役の千葉真一さんと甘利虎泰役の竜雷太さんの圧倒的な年輪が画面から痛いほどに伝わってきていたところで、ついに先の日曜日(7月15日)「両雄死す」と相成りました(実は、今日の再放送も観てしまったのだが。。。)。

 その前の7日(土)だったと思うのですが、千葉真一さんのインタビュー番組をたまたま観ました。そこで、千葉さんは、「風林火山」について、何と言っても脚本がよく深みがあること、それに触発されてその意図を十分に表現すべく、時間をかけて気持ちを込めて演技されていることなどを具体的に説明され、挿入されるシーンごとに涙を拭っておられました。
 そして、最後に、個人的なことで恐縮だが、と断られたうえで、今回の板垣信方役で俳優「千葉真一」の幕を閉じるという趣旨のことを言われました。驚かれた向きもあるようですが、それまでの千葉さんの話しぶりを観ていて、いかに充実した演技をされてきたかが十分に伝わってきており、まさに有終の美にふさわしいという感じを受けていましたので、見事な引き際だと、さらに感動しました。

 私のような者でも、これで終わりかと思ったことが多少はあり、まあそれなりのことはできたか、と思わないでもなかったのですが、そういうことがあると、やはりその都度きちんとした質のものを残しておかないといけないと思わされます(質より量の風潮が続いていますが、低質のものはどうせ残らないでしょう)。と言っても、もともと怠惰な人間なので、喉元過ぎれば熱さは忘れてしまいますが。
 それと関連して、引き際についても、(まだ早過ぎるのは重々承知しているのですが)漠然とは考えています。この仕事、大学には定年がありますが、研究には定年がありません。ただ、やはりダラダラと仕事を続けるのでなく、これが書けたからもう十分だというようなものを書いて、終止符を打ちたいと思います。そのように生きていけるでしょうか?

 「風林火山」の公式ホームページ、いろんな意味で美しいので、ぜひご覧ください。

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2007年4月23日 (月)

国私百選1事件との因縁

 本日は、「オーラの泉」か(?)というような内容になります。

 国際私法判例百選1事件(最判平成6年3月8日民集48巻3号 835頁)の解説は、櫻田嘉章京大教授によるものです。同教授は、国際私法学会の理事長(2期目)であり、「法の適用に関する通則法」の制定過程において「法制審議会国際私法(現代化関係)部会」の座長を務められ、国会審議の際にも参議院法務委員会に参考人として呼ばれるなど、文字どおり国際私法の第一人者です。そのような解説を批判的に検討するなどとは、不届きの極み、お前に何の資格があるのか、と言われてしまいそうですね。
 確かに、客観的には、そういう評価になるのでしょう。しかしながら、少なくとも私の主観としては、資格は十分にあると思っております。1つには、前に書いたように、調査官解説における引用の件があります(それは、当時はこの上なく有難いことでありました)。ただ、それよりも主観的には決定的だと思われることがあり、今回はそれを書いておきます(この手の話が嫌いな人には、無視していただいて結構です)。

 私は、大学院に進学するときから、物権変動において物権と債権を峻別する通説に疑問を感じていて、物権変動一般について当事者間ではその「原因」の準拠法(債権準拠法とか相続準拠法とか)によるべきではないかと考えていました。ただ、修士論文の準備段階で若干の外国法の調査をしたところ、契約準拠法と物権準拠法との関係の議論しか見つけることができず、その範囲に限定して、原石のような(?)ゴツゴツした見映えの悪いものを書き、石黒先生にもご迷惑をおかけしたものと思われます。
 しかし、問題は、そのような狭い範囲に限られないと思っていたわけです。

 さて、90年9月に渉外判例研究会で修士論文の報告の機会をいただいた後、翌91年3月に判例評釈をするという日程がまず決まりました。そこで、報告する裁判例をずーっと探していたのですが、どうにも私の興味を引くものは見つかりません。そうこうしているうちに、当時は研究会の開催通知は葉書によっていたこともあって、報告判例を決めるようにと幹事の道垣内先生に言われていた、報告日の1か月前が近くなりました。
 もうこれで諦めようと思って、いつもの東大法研新館3階の継続資料室の新着コーナーに行って探し始めたところ、金融法務事情1274号の目次を見て急いで32頁をめくりました。
 これだ!
 心臓がドキドキ打って、身体中が熱くなっています。他の人に絶対とられたくないと思い、慌てて連絡したのでした。これが、第一の絶妙のタイミングでありました。

 ちなみに、この事件の事案は、民法の教科書を読んでいると、こんな事例があってもおかしくないなあと思われるのに、国際私法の文献には出てこない貴重なものでありました。

 

その報告の際、百選1事件の原判決(東京高判平成2年6月28日金法1274号32頁)が物権準拠法たる日本法のみによったその処理でよいというのが、研究会の(私を除く)総意でありました。しかし、当時は苦手で石黒先生にも酷評されていた評釈が、この判決についてはすらすらと書けて、本人としては会心の出来でした(拙稿・ジュリ 985号 136頁)。石黒先生からも、若干の加筆を指示されましたが即OKをもらいました。ただ、1点心残りなのは、自説をストレートに出すのを控えて、実方説に近づけて論じた点ですね(まだ院生でしたから、やむを得なかったと思ってはいますが)。

 さて、その後、訳あって大学院に退学届を提出した後、神前氏に挨拶状を出すとお返事が来て、最新のジュリスト(93年3月15日号と4月1日号)の早川眞一郎先生のご論文「国際的な相続・遺産管理の一断面(上)(下)」に拙稿評釈がかなり引用されているとのこと。最後の手続のために顔を出してコピーをとってみると、確かに三井評釈と並んで相当に引用されており、議論のベースにしていただいていました(院生のものをあそこまで引用していただけるのは異例なことではないかと思いましたが、後にお目にかかると、拙稿評釈を読んで論文を書く気になったと言ってくださり、辛い時期に非常に有難いお言葉でありました)。
 これを読んで、後ろ髪を引かれることとなりました。これが、第二の絶妙のタイミングです。

 後は、余談です。
 道垣内先生のお世話もあって就職できて1年経たない頃、浅草寺に行き生涯初の「大吉」を引いた直後に、道垣内先生から最高裁判決の謄本のコピーが送られてきて、準拠法判断の(「もっとも」以下の)後段を確認し、これこそずっと待ち続けてきた一般論だと、感慨もひとしおでした。すかさず、渉外判例研究会での報告をお願いし、(94年)11月5日(土)に報告することが決まりました。
 いつもなら直前に報告原稿が書き上がるのですが、このときばかりは1日(火)の朝には徹夜して仕上がってしまい、レジュメまで作成できていました。まあ、よく知っている事件ですから、すらすら書けもしたのでしょう。
 ところが、2日(水)の朝に急病で入院する羽目になり、報告できなくなる可能性が高くなりました。当日は動けなかったので、3日(木)か4日(金)だったはずですが、道垣内先生に連絡しておかないといけないと思ったところ、何故かご自宅の電話番号が鮮明に記憶されていて、電話すると確かに繋がったのですから、思い返すとこれまた不思議なことです。そこでとりあえず報告順を後に変えていただき、担当医に相談すると、頭を動かさないようにして出席することは認めていただきました。
 当日は、電車に揺られて気分も悪く、研究会でも頭を動かさないよう、ロボットのようにレジュメを配ったりしたので、ようやく入院は本当らしいと納得いただけたようでした。報告後の議論の際には、物権準拠法説の道垣内先生(当時)と、相続準拠法説の早川眞一郎先生との間で空中戦が始まり、折衷説というか中間説というか、要するに「相続」と「物権」と2つの問題に区別するという最高裁と同じ立場の私は、聞いているだけですみ、本当に助かりました。そして、2時間ほど打ち上げに参加し、病院に戻ったのでした。
 退院後、速攻で原稿を送ったのですが、半年以上待たされ、ようやくジュリストの95年7月1日号に掲載されたのが、後に調査官解説で引用されることになる評釈です。次回は、これも内容の一部ということになるでしょうか。

 世の中、不思議なことは確かにあります。これをお読みになられた方にも、心当たりの1つや2つはあるのではないでしょうか? 私としては、この事件には、圧倒的な因縁を感じずにはいられないわけです。もしこれがなかったら、国際私法研究者としての私は、とっくの昔に存在しなくなっているはずだからです。おそらく、これが運命なのでしょう。
 運命に従うのが幸せかどうかは、現時点では何とも言えません。が、それも一興という感じです。皆様にも、運命に従うにしろ抗うにしろ、このような、ハラハラ・ドキドキ・ワクワクする瞬間が多くありますよう、お祈りし・・・ていいかどうか分かりませんが。。。

 今回は、宗教チック(?)になってしまって、すみません。

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2007年2月21日 (水)

2人の東大教授の近著紹介

 やるべき重要な事が重なると無性に違うことをやりたくなるという、非常によろしくない性格をしていますもので、軽く更新させてもらいます。

 まずは、東大法学部の石黒一憲教授の貿易と関税2007年2月号から、広く記憶されておくべきことを転載しておきます。その57頁で、通産省通商政策局米州課編『日米自動車交渉の軌跡』(通商産業調査会・1997年)を挙げて、次の事実をお書きです。

 私の進言で、2006年度版不公正貿易報告書・336-341頁に、「外国政府が日本企業に対して直接外国製品の購入を要請することについて」(1995年度版不公正貿易報告書 付論Ⅲ)の”全文復活”がなされた。そこで言う「外国政府」とは、「駐日モンデール大使」である。この摩擦に際し、同大使は、日本国内で(!!)日本の自動車メーカーの各地の拠点に赴き、この摩擦における米国政府の対日要求を呑め、呑まない場合に米国内の各社の拠点で何が起こるか考えろ、等の”脅し”をかけた。前記の文書は、こうした駐日米国大使の日本の領域内での行動(行為)は、明確に日本国内での米国の公権力行使にあたり、もとより日本政府はこれに「国家的同意」を与えていないから、日本の主権の侵害になるので、直ちにやめろ、と抗議するためのものであった。

 同付論Ⅲは、Oppenheim's International Law及びLotus号事件判決を引用したうえで、

それらを引用した前記文書の本文では、同前報告書(2006年版)・338頁にあるように、前記のごとき行為は、「国際法上”他の国の国内事項の運営に対する不当な介入”に当たるおそれが大きい」、また、「”他の国の同意を得ることなく、その領域において公権力の行使をしてはならない”ことも国際法の基本原則である。本件購入要請が日本国内における命令的、強制的、権力的な”職務行為”に当たることとなる場合には、企業がこれに応ずる応じないにかかわらず上記基本原則に違反する”公権力行使”に当たるおそれがある」として、表現は意図的に(!!)控えめながら、一般国際法(慣習国際法)上の基本原則に基づく断固たる指摘がなされている
 そして、モンデール大使の行動は、ピタッと止まった。(後略)

 全く国際法は重要なのですが、私自身は大学の某教授の授業に付いて行けず、国際法に対する苦手意識が抜けません。得意だった民法の文献に触れるときとは、正反対の状況です。その意味で、国際法学者の意味は大きいのですが、それでもやはり自分の目で原物を見ないといけないよ、ということが、58頁から最後までに書かれてあります(原物を読めとは院生のときに言われていたことですが、その意味がその後よく分かるようになりました。私のものも、書き方が悪いのかもしれませんが、よく曲解されますので)。

 さて、石黒教授の批判の向いた方向にある東大教養学部に、一昨年に国際取引ご担当で早川眞一郎教授が就任されています。同教授については、百選1事件のエピソードに触れることがあればそこでも登場されるでしょうが、今日ご紹介するのは、最近のご論考である、東京高決平成18年9月29日判例集未登載(某タレントさん夫婦の受精卵について、米国で代理出産された子の法律上の親を当該夫婦としたネバダ州の判決を承認したもの)に対する評釈(判例タイムズ1225号(2007年)58頁)についてです。これは、丁寧かつ今までになく踏み込んだ強い主張をされており、非常に僣越ながら(すみません)、国際私法の分野では同教授の一里塚になるであろう必読の文献だと理解しました。
 ぜひ現物をお読みいただくとして、内容を簡単に示せば、前掲東京高決が事案の個別的具体的内容・本件の関係者にとって望ましい解決に囚われていることや、「子の福祉」の一面的な理解を批判し、外国判決承認の要件の1つである公序要件につき詳細に論じておられます。私個人のことを言えば、甘い人間なので、(養子制度の利用は考えられるものの)実親子関係の成立が認められるとした場合のギリギリの線かと漠然と思っていました。しかし、日本の「公序」はどういうものかについて、厳格に検討しておかないといけないと改めて気付かされました(同様に外国判決承認制度を通じて外国の制度の効力を国内に及ぼそうとする発想は、懲罰賠償判決の承認が問題になったときにも議論に現れていたのでして、このような迂回ルートには極めて注意深くないと、自国の「公序」が外発的に堀り崩されてしまいかねないと強く思います)。
 早川眞一郎教授がどのように考えられるか分かりませんが、私自身は以上の点と通則法21条・22条の関係(2006年12月26日の投稿「特別留保条項と事後的変更」参照)とが根っこを同じくする問題だと感じます。まあ、余裕が出てから(いつのことやら)よく考えたいと思います。

 最後になりましたが、前掲評釈の69頁注21に最判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁についての拙稿評釈を引用していただいていて、非常にありがたく思います。非常に多くの評釈が出ていますし、拙稿は調査官解説が出た後に出たものでもあり、初めて引用されたのではないかと思います。
 ただ、「法教」ではなく、「法協117巻11号1697頁」ですので、こちらで訂正させていただきます。この点、批判する気は全くありません。安全よりスピードが優先される世の中でして、私自身もミスが多くなりました(年齢のせいだという説もありますが。ちなみに、徹夜をすると、ダメージが残るようになりました。脳細胞が急激に死んでしまうのでしょう)。さらに、拙稿評釈には、当時非常に精神的にも肉体的にもストレスがかかっていたせいだと思うのですが、1707頁の1行目に意味が逆になってしまう記述があって、自分に対して(!)全く酷いもんだと思っています。後悔先に立たずとは、よく言ったものです。

 以上、あまり軽い更新ではなかったかもしれませんが、このへんで失礼します。

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2006年12月21日 (木)

学説とエピソード:貿易と関税2006年12月号の石黒連載

 楽しいことも多くあった反面、不本意な出来事も多かった2006年。あと10日ほどとなりました。明22日(金)の学部とLSの授業で、ようやく今年の授業は終わりです。

 さて、今日は、今週の学部のゼミで文献の背景にあって外部には見えていないエピソードを相当に交えてお話ししたのを受けて、(エピソードの中身は異なりますが)学説を理解するうえでエピソードは大事であるということを書きます。
 学生の頃、学説はその主張者とは独立のものであるという、まことしやかな言説に接して、そのようなものと思い込もうとしていた時期がありました。しかし、学者先生と研究会のみならず私的にも接するようになると、全然そんなものではないことを痛感するようになりました。自分の書くものについても、明らかに自分の人格や経験の一部が反映しています。また、他の方の例で恐縮ですが、「あてはめ」を軽視している方は現実も軽視していて、理屈のみを能弁に語るので周囲は何となく説得されるのですが、よく考えると深みや現実味がなく、人によっては「根っこがない」と(うちの新司法試験の合格者までが)評するような方もおられます。

 ここで、ちょっと話を換えて、貿易と関税2006年12月号の石黒先生の連載に移ります。現在の連載は、昨年9月号からの「国際課税と牴触法(国際私法)」です。私のような者には相変わらず難度が高いのですが、それはともかく、今年の6月号から「三 アメリカの世界覇権願望と『国境』」の「3 『貿易・投資の更なる自由化』と課税-『米国の戦略』と『新古典派経済学』」に入っています。この12月号の連載では、「これまで論じて来たWTO関連等の基本的問題と、『国内規制改革』の一環としての(!!)『新会社法制定』という法現象とを繋ぐ”或るもの”」と「貸金業法制定以来、『市場メカニズム』に”汚染”されていた日本の制度が、『復活”最高裁”』の、脈々たる営為で、健全化しつつあること」(51頁)など、他の法分野に関心のある方にとっても興味深い話が書かれてあります。ぜひ現物をお読みいただきたいと思いますが、以下いくつか引用します。

 前記の江頭教授の基本スタンスは、要するに、従来型の新古典派経済学「的」流れの中で基本的な「価値(??)判断」を、してしまっているもののようである。(中略)前記の早大COEプロジェクトの報告書35頁以下の、上村達男教授のアイゼンバーグ教授への問題提起には、「法と経済学は会社法をより良いものとするために貢献しているとお考えでしょうか。……取引コストやエージェンシー・コストの分析に終始するかに見える〔新古典派経済学の〕法と経済学は、少なくとも公開株式会社にとって有益な貢献をしていると言えるのか疑問が感じられるところであります。……教授のお考えをお聞かせいただきたいと思います」、とあった。そして、それに答えたのが、アイゼンバーグ教授の、前記の(市民社会サイドでの)「道徳規範のくずれ」等に対する「倫理的な怒り」等の指摘、だったことになる。江頭教授は、早大のこの報告書の中で、基調講演もしていたのだが、かかる重大な問題は、頂戴したばかりの江頭・前掲書(刊行日は2006年9月10日)には、残念ながら(!!)、何ら反映されていないようである。

(以上、石黒・前掲52頁。下線は原文では縦書きのため傍線)
 この直前で、江頭憲治郎『株式会社法』(2006年・有斐閣)の論説の背景にある基本観と、外国会社の取扱い(特に社債権者集会の規定の適用)における見解に実質論の裏付けのないことが指摘されています。私自身はこの辺はあまり得意でないのですが、よくよく考えないといけないと思っているところです。

 次に、話は貸金業法関係に移り、最近の最高裁の復活の根底にあるらしい、最高裁事務総局編『貸金業関係事件執務資料』(1985年・法曹会)を紹介されています。
 それに続けて、以下のような興味深いエピソードを紹介されています。

金融法学会設立大会では、貸金業法の制定が、主たるテーマ(の1つ)となっていた。私の頭には、消費者・弱者の保護を徹底した、世界に冠たる最高裁の、利息制限法に関する輝かしい蓄積が、もとよりあったのだが、愕然とした。加藤一郎教授、星野英一教授等々を含め、発言者全員が(裁判官あがりの某氏一名をのぞき!)、一貫した最高裁判例はもはや時代の趨勢(!?)に合わないから……と、口を揃えて貸金業法制定を支持したのである。
 私の数列前の右側に竹内昭夫教授が座っており、事態の展開に驚きながら、私はじっと観察もしていたのだが、少なくとも何の発言もされなかった。(中略)今思えば、「法律学」が「市場のニーズ」という新古典派経済学「的」なものに”汚染”された第一段が、「それ」だった(!!)、ということになる。

(以上、石黒・前掲54頁。下線は原文では縦書きのため傍線)
 現場にいたら、私も同じような印象をもったと思います。ところが、金融法研究3号(1987年)に言及する次の部分が肝で・・・

竹内昭夫教授は、同前(第3号)・10頁で、貸金業法43条で最高裁判決を葬ろうとする考え方に対して、これに「対し、学界では、貸金業法制定から、最高裁判所がせっかく弱者保護のために確立した利息制限法の解釈を立法により覆すのは不当であるという意見が強かったように思われる」としておられる
 (中略)前記設立大会での竹内教授の沈黙は、”抗議の沈黙”だったのだ。たしかにあのとき、竹内先生は、終始腕組みをしていた。斜め後ろから見ていた私は、その意味するところまでは分からず、ただ、「なぜ黙っているのですか!?」との思いが、募るだけであった。
 (中略)
なぜ前記(1)の「新会社法制定」に至る一方的な流れに対して、神田教授のみならず江頭教授までもが、(貸金業法制定に対してあくまで抵抗した-23年もたってようやく気づいたことではあるが)竹内教授のようなスタンスを、取り得なかったのか。神田教授と共に竹内教授の弟子たる岩原紳作教授が、2006年秋の「私法学会」でどんな事を言ってくれるのかが、楽しみである。

(以上、石黒・前掲54-55頁。下線は原文では縦書きのため傍線)
 最後の、岩原教授の「私法学会」向けのご論文については、「<番外3>岩原紳作「新会社法の意義と問題点」より」をご参照いただきたいと思います。

 ところで、以下に2005年5月21日(土)・22日(日)両日に開催された国際私法学会「法例改正シンポジウム」における私の場合にも触れておきます(竹内教授に比肩し得るものではもちろんありません。誤解のないようにお願いします)。
 私はふつう面倒くさいので発言しませんで、当日も会場の専修大学のすり鉢型の講義室の最後列のほぼ中央に座って黙って聞いておりました。最初のセッションの森下哲朗上智大学助教授のご報告に共感しつつ、その他については(佐野寛岡山大学教授と自分のセッションまで)ただただ腹立たしい思いであったように記憶しています。初日でしたか、早川眞一郎先生がご挨拶に来られ、いつもさわやかな先生だと感心しつつ、内心はムカムカ基調でおりました。
 2日目の真ん中が自分たちの番で、私自身は言いたいことは言わせていただきました(ふつう沈黙している私のような者にこのような機会をくださった、当時の(!)研究企画委員の先生方には、心から感謝しております。ご依頼いただいた当初は気が重かったのですが、とりあえず感謝する気持ちになれる現在を迎えられていることは、本当にありがたいことだと思います)。その後、昨年9月に公表された紀要論文(プロフィールページから、ダウンロード可能)で詳細に展開することができましたし、じきに学会誌が出るでしょうが、そこでもその後の文献にも触れたりして、書くべきことは書いています(負け犬の遠吠えとでも何とでも、言ってください)。この程度のことしかできないのは残念ですが・・・
 いずれにしても、文献のちょっとした表現にも実は深い意味があったりしますし、そこには書き手の「心」が投影されているものです。そして、学説がその主張者と全くの別物として存在することは、あり得ないと私は思います。以上のことも念頭に置きつつ論文や評釈をお読みいただけると、味わいが深まるでしょうし、真の理解に至ることができるものと思います(また改めて書くこともあると思います。今日はこれくらいで)。

 そう言えば、本日、神前禎ほか『国際私法(第2版)』(2006年・有斐閣アルマ)をお送りいただきました。ありがとうございます。ただ、気になるのは、3人の共著者のうちの元永和彦筑波大学教授(石黒1番弟子)が、ご自分の執筆された第1編と第2編第1章についてご自分で改訂されていないことです。期待外れの感も、若干ありますね。ご無沙汰しているので、子細は分かりません。
 ちなみに、この件とは全く関係ないことですが、私はここ5年ほど『判例体系国際私法編』(第一法規)の編集(中心的な仕事は要旨の作成)の実働部隊の中心におりました。が、学内の負担が年々重くなってきたために、今年以後の作業から外していただきました。ただ、通則法に対応した体系替えがあるとすれば、そんなものには付き合えないという気持ちが根っこにあったのも、確かなことです(編集の責任者である道垣内正人早大教授には、おそらく伝わっていることであろうと思いますが)。
 神前弘文堂解説について、あと1点触れておくべきことがあるのは忘れていないので、何とか今年中に書いておきたいですね。ではまた。

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