ものもらいができて、なかなか治らないので、ついに切除することとなりました。麻酔をされていて痛みはないのですが、目の前を鋭利なものがチラチラ通過しますので、ちょっと怖い感じもいたしました。30年ぶりくらいの(山本)勘助(片目)状態で半日過ごしましたが、やはり不便ですね。
勘助と言えば、今年のNHK大河ドラマ「風林火山」、なかなか好評らしく、全49回の予定だったのが1回増えて全50回になるのだとか。何でも、そのようなことは大河史上初めてとのことで、関係者の方々には精魂込めた作品がそのような評価を受けて、感慨無量でしょう。
今年の大河は、最終回までしっかり観させていただきます。
ところで、「国際私法基礎」では、15回で国際私法と国際民事手続法のほとんど全範囲を走り抜けますので、「法律行為」にも1回しか充当していません。そこで、以下に、通則法11条・12条に関するもの(3月11日分)も再掲しておきます。
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石黒・国際私法第2版の「2 準拠法選択の基礎理論」の中で大きく改訂されたのは、「2.4 伝統的国際私法の第2の危機?」の「国際私法上の弱者保護-通則法11・12条との関係を含めて」(102頁以下)の部分です。以下、一部を引用して、コメントを付していきます。
通則法11条では、消費者は、自らを保護する強行規定の「特定」と「意思表示」とを、「事業者に対し」、しなければならない。弱者(消費者)保護のはずなのに、これはどうしたことか。……そんな負担を弱者側に負わせることの問題性は、明らかであろうし、本書3.5で後述する「外国法の適用と裁判所」の問題との不整合も顕著である。
(以上、同書103頁)
同条において消費者の「意思表示」が要求されている点は、「弱者への自己責任の押し付け!」と言うべきものだと、私も思います。この点については、昨年(2006年)4月13日(木)の参議院法務委員会の参考人質疑における手塚裕之弁護士の意見に対して、「消費者の自己責任は妥当か?」という疑問を呈していたところでした(同日の記事「『法の適用に関する通則法』参考人質疑1」)。
ちなみに、いつ頃からでしたか、戦後の弱者保護が行き過ぎていたことが強く批判されたのとセットで「自己責任」が強調されるようになったように記憶していますが、(いつものことながら)振り子が反対に振れ過ぎてしまったようですね(バランス感覚が、何よりも大事なのに・・・)。
次の「外国法の適用と裁判所」の問題との不整合ですが、これに関しては全く警戒すべき兆候が法務省周辺にあって(例えば、別冊NBL編集部編『法の適用に関する通則法関係資料と解説』(別冊NBL 110号)54頁のことです)、既に注意喚起したところですが、再度引用しておきます。
(以下、2006年8月14日(月)「法の適用に関する通則法関係資料と解説」から転載)
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2.消費者契約の特則についての説明で、「仮に裁判外でそのような強行規定の適用を求めた場合は、訴訟においては、適用を求めたという事実について裁判所に対して主張立証することを要すると考えられる。」(54頁)とし、「大審院判例(大審院明治38年12月20日第2民事部判決、民録11輯1806頁)や、下級審判決(例えば大阪地判昭和35年4月12日下民集11巻4号 817頁)は、一貫して、法律行為における当事者の意思や不法行為における原因事実発生地につき、事実問題であると解しており、したがって当事者の主張立証を要するものと解している。」(54頁注23)という注を付しています。
本文の方の説明はそのような趣旨の立法がなされたと理解していますので特にありませんが、これにわざわざ付された注の付け方については疑問があります。この両判決が従来どのように評価されているか、確認しておきましょう。
前者の判決は「契約当事者ノ意思如何ヲ審究……スルハ事実問題ニ属スル」から上告理由にならないとしたものですが、それについては、山田鐐一『国際私法』(第3版・2004年) 326-327頁において、「当事者の意思は、準拠法指定のための連結点として、四囲の諸事情を解釈して決定されるものである以上、その審究問題が事実問題であるとする右の判決は、疑問である(もっとも、意思の認定の基礎となる事実関係は、事実問題であるから、上告審ではこれを争えない)。」と批判されています。
後者の判決は「或る法律関係につき適用すべき準拠法が如何なる国の法律であるかは、……当事者間の紛争の内容そのものであるから……その法規の適用により自己に有利な法律効果の発生(請求権の存在)を主張する当事者において、特定の国の法律の適用があることを訴訟上主張、立証する必要がある」として、それを欠くとの理由で請求を棄却したものですが、これについても、山田・前掲 130頁において「外国法の適用が定められている以上、裁判所はそれに従う義務のあることは当然であって、外国法の適用が当事者の援用のいかんにかかわるものではない」ことを理由として132頁注2において「妥当ではない」と、また石黒一憲『国際私法』(新世社・1994年) 228頁(第2版では、270頁<ここ加筆>)において「異例かつあまりにも不当である」と批判されています。この判決は、外国法の適用が一般的に当事者の主張・立証を待ってなされる英米法的なものと理解できます(但し、同上268-269頁に注意<ここも加筆>)。だとすると、これと新設された消費者契約の特則とは体系的な意味合いが異なるはずです。しかし、これが率然と引用されているということは、外国法の適用についての基本観につき英米法的なものが前提とされており、ドイツ型である従来の我が国のそれと決定的に異なっていることになります。迂闊にも今まで気が付きませんでしたが、十分に警戒すべき説明ではないでしょうか。
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(以上、2006年8月14日(月)「法の適用に関する通則法関係資料と解説」から転載)
いかがでしょうか?
同書は、通則法12条についても11条と同様の問題があることを指摘し、具体的な問題の例を1つ掲げたうえで、「これから山ほど出て来るであろう細かな解釈論(闇雲に『法的安定性』を求めて出発した今般の『法例改正作業』の結果がこれ、である)」という表現をされています(104頁)。実際、そうなんですよね。もっとも、立法関係者は、自分たちの解釈以外は許されない、とでも考えておられるのでしょうが(思想統制的な動きも、受け取りようによっては、実際にあったのですよ。ここには書きませんが)。
それから、同書は、両条における、より重大な問題点(渉外的要素を伴う弱者の過保護!とでも評せましょうか)を指摘しています。
弱者側が、……2つの法秩序の法による「ダブル・プロテクション」を受ける点を、一体どう考えるべきか。要は、既述の選択(択一)的連結や限定的当事者自治の場合と同様、実質法的価値(この場合には弱者の保護)を直ちに牴触法上とり上げる点の問題である。
(中略)
なお、通則法12条1項も、「その強行規定をも適用する」(11条1項も同じ)とする。したがって、この「ダブル・プロテクション」の問題が、やはり起こることに、注意すべきである。
(以上、同書105-106頁)
そして、さらに、次のイギリスのモースの指摘を援用されています。孫引きですが、そのまま引用します(論文を書くときには、もちろん原典に当たるのですが、そこまでの余裕なく更新していますので、ご容赦ください)。
彼は言う。「国際的な性格を帯びる雇用における労働者が、このような形で二重に保護されるべきだとする政策上ないし正義上の理由は何らないものと思われる。労働契約のための準拠法選択規則の目的は、雇用関係を規律するに最も適切な法秩序を指示することにある。”国際的”な労働者が”国内的な”それよりも有利になるようなことは、かかる〔牴触〕規則の目的とされるべきではない」と。
私の言いたいことも、まさにここにある。消費者契約についてスイス新国際私法典が既述の如く辿った道、即ち、「実質法的価値の牴触法的昇華」に、まずもって専心すべきなのである。
(以上、106頁)
以上のスイス法についての記述も、引用しておきます。
1987年のスイス新国際私法典 120条は、消費者契約……について、消費者の常居所地法による(1項)とした上で、2項において、「当事者の主観的法選択は排除される……」旨を明文で示すに至っている。本来、そこまで踏み込んで然るべきなのである。
(以上、105頁)
以上の点は、私もこれまで書いてきていました。以下に転載して、今日は終わりにします。
(以下、2006年5月1日(月)「-国際私法の危機-11条」から転載)
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さて、ここには、牴触法レベルにおける実質法的価値の追求という理論的に最も重大な問題が存在しています。この点、これまでは法案べったりの批判をしてきましたし、改正は従来の実務の流れに沿ったものでないとマズいでしょうから本条はそのようなものであろうという勝手な思い込みが当初あったために、この肝心な問題に触れずにきましたが、今回は正面から採り上げます。
国際私法において準拠法を決定する際には、各国の法律がその国の文化・伝統・価値観を反映したものであり平等の価値をもっているという前提から、議論を始めます。この前提から、決定された準拠法の適用結果は、日本の公序に反しない限り、そのまま受け入れるという結論が導かれます。
では、このような前提を置いたうえで準拠法を決定するためにどうするかというと、(事案に関係する複数の国(地)の法律の適用結果を比較するというのではもちろんなく)「法律行為」とか「相続」とかの法律関係の単位を設定して、それぞれについて実質法から価値中立的に最も密接に関連する(地の)法律を決めておくという手法を採ります。
当初の「法例」においては、その基本が徹底されていました(「方式」のみ選択的連結)。
ところが、平成元年の親族関係の改正により、親子関係の成立に関する複数の規定において実質法的価値を追求する規定が導入されました。具体的には、17条において子がなるべく嫡出子になるように、18条においてなるべく認知が容易になるように、という結果を睨んだ選択的連結が採用されました。
しかし、各国は、それぞれの考え方に従って、例えば、どのようなときに嫡出推定するか、どのような要件で嫡出否認を認めるか、といったことを独自に決めています。言い換えると、嫡出性の存否や認知の成否について、各国法にはそれぞれ独自のバランス感覚が働いています。したがって、子がなるべく嫡出子とされた方がよいとか、認知が容易に成立する方がよいとか、簡単には言えないはずだということになります(さらに例えば、法例17条において夫婦の一方の本国法によって子が嫡出子であればその子は嫡出子となるとされたことから、異国籍の夫婦の子の方が同国籍の夫婦の子より嫡出子となる可能性が高いというアンバランスが生じてしまっています)。
その意味で、平成元年改正では、そのような各国のバランス感覚を尊重して最密接関連(地)法を探求するという従来の価値中立的な手法から、実質法的価値の追求に大きく舵を切ったことになります。
そして、今般の財産関係を中心とする改正作業において、さらに大きく舵を切って、「法律行為」についても「消費者契約」(と「労働契約」)において実質法的価値が追求されるに至りました。つまり、当事者が選択した(地の)法に加えて、「消費者」は、「その常居所地法中の特定の強行規定」をも適用してもらえると規定されています。
ついに、財産関係においても実質法的価値が追求されるに至ったわけであり、これが「国際私法の危機」でなくて何でしょうか?(このことに比べれば、「強行規定」の適用を「消費者」の意思表示に待つか否かなどという点は、全く本質的ではありません。)
牴触法レベルでの解決としては、「消費者契約」については、当事者自治を排して消費者の常居所地法への客観連結とするというのが適切だったでしょうか。消費者としては、自分が通常使っているルールによって保護されるか否かが決まるということであれば、結果にはそれなりに納得できるでしょうし。また、裁判所にとっても、契約について単一の法を全体的に適用する方が、(本法案に採用されなかった優遇性比較により)複数の法のどちらが消費者に有利かを判断するよりもはるかに楽でしょうし(というか、後者は事実上裁判所に無理を強いることになるでしょう)。あるいは、本法案においては裁判所の「釈明」が前提とされているようですが、それには裁判所間の処理のバラツキが生じそうであって、それよりは一律に消費者の常居所地法に客観連結する方が優れているように思われます。
(中略)
本条は、従来の裁判例がどうであってもそんなことは関係なく、立法によって全く新しい制度にしてかまわないという考え方からできているように見受けられます。そうであれば、裁判所の側も、本法案について従来の実務を尊重して制定された法律と同程度に尊重することはなく、積極的に解釈を加えてかまわないと思います。
具体的には、当事者の準拠法の選択がないという認定を積極的に行って、その場合の規定である本条2項を広く適用するという解釈です。裁判所には、ご検討いただければ幸いです。
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(以上、2006年5月1日(月)「-国際私法の危機-11条」から転載)
我ながら思い切ったことを書いているとは思いますが、本質は外していないと思います。11条と12条の規定の作り方の醜悪さについては、共感いただける方も多いのではないでしょうか。何しろ、渉外的な要素を伴う消費者・労働者は、そうでない消費者・労働者よりも、保護の程度が高くなるのですから。
それと、法例15条(通則法26条)など、既に、当事者(夫婦)の便宜からスタートしつつ、善意の第三者の保護を必要として内国取引保護の規定を設け、しかしそれでは第三者保護に傾き過ぎると考えたのか、夫婦財産契約の登記を要件として当事者保護を図るというガタガタしたデジタル的な規定があったところ、このような醜悪さが広がって、いよいよ「毒」が回ってきたなあ、と感じています。但し、このような感じをもつ者は、学会ではごく少数のようですけれども(院生の頃、ドイツの学説なら、変な説と私が考えるようなものでもほとんど論証なく支持されたりしているのを見て、呆然としていたものですが、状況はドイツのものに限らず、あまり変わっていないようですね)。
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かなり省エネさせてもらっていますが、型にはまるのを極度に嫌っている怠け者が4年くらい型どおりかつ真面目に過ごしてきていますので、何とぞご容赦願います。
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